行くぞ甲子園


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21 February 2019

古高激闘の記録(14) 「1927(昭和2年)東北中等学校野球大会記(古中古高百年史より)」2/20/19

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before
after



*昭和2年は第13回大会。古中は通算3回目の参加である。初参加は東北中に17-0、2回目の参加は東北学院に17-8で共に大敗した。

以前紹介したこの自動カラー化の技術であるが、このカラーリングの精度は非常に高いとされており、古中古高百年史に掲載されている白黒写真をもちいて試したところ、この時代は一過性のものかなにか、古中はエンジの早稲田カラーを使用していた可能性が高い。東京六大学野球が最も人気の頃だから、これはありうる話であろう。この早稲田スタイルのユニフォームは、現在、宮城県では仙台二高、白石高校などが継続して用いている。

 さてこの大会参加記であるが、前二回の惨敗にも関わらず、甲子園を狙う古中の意気や高し、現在に至る古高野球部の気質の原型を見るようで、なかなか興味深いものである。その相手は福師(福島師範)。結果その他はこのページに以前に掲載。
https://furuko-baseball.blogspot.com/p/and_2.html

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14 February 2019

沼倉先生語録3(沼倉元監督による語録)

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3. 名前負けすねえように。(しないように)

私たちの代の秋の新人戦は、前年に引き続き仙台商業と当たった。あの頃の仙台商業と言えば、荻原投手を擁して夏の甲子園に出てまださほど時間の経ってない時期である。県内で言えば、東北、仙台育英、東陵、仙台商業くらいが四天王だった頃だ。

 私たちは、秋は旧大崎リーグぎりぎりの第四代表。近年に無い悪い成績だった。古高は当時、秋は負けても第二代表、春はほぼ第一代表で県大会に進んでいた。校舎の階段をすれ違った時に、当時の教員2人がこの第四代表の話題をしていて、「第四代表?古高の野球部も弱くなったな」と呟いたのを聞いて傷ついたのを覚えている。

 その前年の秋の県大会初戦も東北福祉大球場に置いて、対仙台商業。5-7で競り負けた。
 

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08 February 2019

夏に向けて燃えろ 蛍雪健児

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Youtube 「さくらしんちゃん」さんの動画より

参照:  https://furuko-baseball.blogspot.com/2018/09/h30923-71_26.html


*一県一校制となってからの宮城代表校
(参考:BASEBALL DATA https://toshisuzuki.com/baseball/miyagi-rekidai-koushien/)

 1975 仙台育英(4) 1回戦敗退
1976 東北(9) ベスト8
1977 仙台育英(5) 1回戦敗退
1978 仙台育英(6) 3回戦敗退
1979 東北(10) 1回戦敗退
1980 東北(11) 3回戦敗退
1981 仙台育英(7) 1回戦敗退
1982 東北(12) 1回戦敗退
1983 仙台商(3) 3回戦敗退
1984 東北(13) 3回戦敗退
1985 東北(14) ベスト8
1986 仙台育英(8) 2回戦敗退
1987 東北(15) 2回戦敗退
1988 東陵(初) 1回戦敗退
1989 仙台育英(9) 準優勝
1990 仙台育英(10) 3回戦敗退
1991 東北(16) 1回戦敗退
1992 仙台育英(11) 1回戦敗退
1993 東北(17) 1回戦敗退
1994 仙台育英(12) ベスト8
1995 仙台育英(13) 1回戦敗退
1996 仙台育英(14) 3回戦敗退
1997 仙台育英(15) 2回戦敗退
1998 仙台(初) 1回戦敗退
1999 仙台育英(16) 2回戦敗退
2000 仙台育英(17) 2回戦敗退
2001 仙台育英(18) 1回戦敗退
2002 仙台西(初) 1回戦敗退
2003 東北(18) 準優勝
2004 東北(19) 3回戦敗退
2005 東北(20) ベスト8
2006 仙台育英(19) 2回戦敗退
2007 仙台育英(20) 2回戦敗退
2008 仙台育英(21) 3回戦敗退
2009 東北(21) 3回戦敗退
2010 仙台育英(22) 3回戦敗退
2011 古川工(初) 1回戦敗退
2012 仙台育英(23) 3回戦敗退
2013 仙台育英(24) 2回戦敗退
2014 利府(初) 2回戦敗退
2015 仙台育英(25) 準優勝
2016 東北(22) 1回戦敗退
2017 仙台育英(26) ベスト8
2018 仙台育英(27) 2回戦敗退


こうやって見ると、44年間のうち、東北、仙台育英以外が甲子園へ出たのはわずか6回。仙台育英24回、東北14回。近年は仙台育英の優勢が目立つ。宮城県の歴代代表は、9割以上、仙台育英か東北で占められて来た。誰もが勝って甲子園に行きたいと思ってこの野球名門の2校に挑んできたが、ほとんどがそのぶ厚い壁に退けられた。

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04 February 2019

Trick play

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イチローもたまに見せるトリックプレーであるが、
個人競技と違って、対戦相手のあるBaseballの場合、相手を動きでだますことが可能である。騙すというと聞こえは悪いが、立派な戦術のうちである。

これは、以前紹介したS63の宮城県大会準決勝、仙台育英vs東陵の強豪対決の映像であるが、東陵の捕手に注目してもらいたい。

通常、ランナーは、後ろを振り返ってボールが今どこまで来ているかを見ている暇はないので、サードランナーコーチや周りの声を頼りにするとともに、

実は無意識に判断材料としているのが相手選手の動きだ。

セカンドランナーがワンヒットでホームに返る場合、キャッチャーが捕球態勢に入れば、ボールは帰ってきており、タイミングはギリギリだと判断する。

ところが、キャッチャーが捕球態勢に入らず、ベースを空けるようなかたちで一、二歩前に出たら、返球は来ておらず、下手するとスライディングなしで悠々帰れると判断してしまう。場合によっては、体力温存のためにスピードを緩めてしまうかもしれない。

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01 February 2019

新入生への部活紹介の思い出・Hさんの謎

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before
before
after

高校入試だったらしいが、できれば全員受かってほしいものである。新入生にとって、どの部活に入るかは一つの楽しみでもある。新入生が体育館に集められて、各部の紹介をみる機会があった様に思う。正式な名前は忘れた。一年生はまだ学生服に坊主。この写真は「古中古高百年史」から借用したもので、生徒大会のものである様だが、一年生だけ集まるとこの様な雰囲気に近かった。私が新入生だった時の野球部の紹介は以下の様なものであった。(一部記憶違いの可能性有)

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沼倉先生語録2(沼倉元監督による語録)

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投手ポイントは、「タイプ違う複数投手を養成し、試合では継投で使う」

昭和46年、古川高校は東北大会の決勝まで進出したが、甲子園準優勝の小さな大投手田村隆寿投手擁する福島の雄、磐城高校に敗れ、悲願の甲子園出場にあと一歩届かなかった。この時の古高の投手は、2年生の右の本格派、沼倉二郎投手、3年生の右のアンダースローの板垣吉則投手の二枚看板であった。

 あれは確か高1か高2の雨の日であったと思うが、沼倉先生が部員にこの昭和46年の8ミリフィルムの様なもの、確か県の仙台育英戦だったか(9−2で古高の勝利)を見せてく
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31 January 2019

沼倉先生語録1(沼倉元監督による語録)

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いかなるピンチにも動じず、まるで仏像のような鉄仮面の勝負師、元老 沼倉先生の長年の知恵を借りるときが来た。

この個人ブログでは、たまに沼倉先生の人生のためになる格言を特別に提供しようと思う。わたしの思い出に残っているもの、または最近このブログに寄せられたもの、さまざまである。これらの格言は、野球の試合だけでなく、人生のあらゆる場面に応用可能である。


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26 January 2019

みなに愛される野球部に 

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1月26日 毎日新聞朝刊

*悲劇の「古高野球部ファン」急増中。わたしの周りでも、あらたに3人がファンを宣言した。USAで3人だぞ。今やグローバルな母校古高である。ちなみにアメリカにいる日本人だけど。他のセンバツ出場高でもなかなか海外でファン獲得は難しいだろう。 

センバツ選考は、「お見合い」みたいな要素がある。選ばれなかったからといって、悲観することはない。他の選考委員なら選ばれていた可能性もある。お見合いでいちいちダメだったからと涙したんじゃ身がもたぬ。大事なのは、次に行くことだ。次だ次。

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こちらは、一夜明けて 雑感

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ちばあきお 「キャプテン」より


ふーむ。


残念ではあるが、
こういうこともある。

これは「大人の事情」の問題で、現役野球部員にはこう言いたい。

落ち込むな。自分を卑下するな。

君らはよくやって、みんなが甲子園にふさわしい活躍だったと言っている。


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25 January 2019

号外

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   古  号
   高  

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第91回選抜高校野球 春の切符、どこへ きょう選考委

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*いよいよ発表です。


動画は

https://sports.yahoo.co.jp/events/senbatsu/




毎日新聞<2019 第91回センバツ高校野球>


     兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で3月23日から12日間(準々決勝翌日の休養日1日を含む)開かれる第91回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催、朝日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)の出場32校を決める選考委員会が25日、大阪市北区の毎日新聞大阪本社で開かれる。候補は一般選考119校、21世紀枠9校の計128校。昨秋の明治神宮大会で札幌大谷(北海道)の優勝により、北海道地区に与えられた「神宮大会枠」を含む一般選考29校と21世紀枠3校の計32校が同日夕に出そろう。
    選考委は午前9時から21世紀枠候補校の推薦理由説明会を実施。各候補校の所属道府県高野連の理事長らが学校の特色を3分半でプレゼンテーションする。同10時半に選考委員会総会を開き、正副委員長の選出を行う。
     同11時から21世紀枠特別選考委員会と地区別小委員会が開始。外部有識者と主催者で組織する21世紀枠特別選考委が3校を選ぶ。地区
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    23 January 2019

    重要 選抜 選考委員会総会の「ライブ」中継

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    いよいよ史上初の古川高校の「校長室に電話が来るかどうか」、の日が迫って来ました。


    毎日新聞社は、今回のセンバツで「スポーツナビ」を展開するプレスリリースを行なっております。

    https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/01/21a/


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    古高激闘の記録(13) 「野球部神宮大会出場の回想 元本校職員(監督)高橋 養/ 昭和三十八年卒 野球部 宮本文寿」1/23/19

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    *いわゆる「ドイチェ」先生ですね。筆者はお目にかかったことはないのですが、先輩方より、またこのブログにたいしてもドイチェ先生に対する思い出に関する言及をいただくので名前は良く知っております。この文面からも、おそらくかなり大胆で面白い、古高らしい先生だったのではないかと想像できます。

    野球部神宮大会出場の回想 元本校職員(監督)高橋 養


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    カラーで蘇る古高写真(古中古高百年史より抜粋)

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    *自動カラー化という技術がある。それを利用して白黒写真をカラーにした。「花咲か爺」の歌詞のごとく、枯れ木に花を咲かせて総動員で甲子園祈願である。元原画の画質に依るので、なかなかカラー化がうまく行ってない写真もあるが、雰囲気は幾分伝わって来そうである。あなたの知った風景、顔があるだろうか。年代はバラバラである。

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    22 January 2019

    古高激闘の記録(12) 「私の甲子園について 鈴木進 (古中古高百年史)」1/21/19

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    昭和26年、選手権宮城大会初制覇の古川高校野球部



    *21世紀枠の発表は今週に迫り、皆一様に気が気でないのを隠している感じが伝わってくる。まるで、ノーヒットノーランを達成しようとしている投手の気持ちを慮って、そのことを口に出さない、そんな感じだ。そりゃそうだ、何せ我が古高にとっては、開校以来の悲願なのだから。ここは、どうしても選んでもらいたいというのが正直な気持ちだ。

    しかし今年はご存知の通り21世紀枠は大激戦である。どこが選ばれてもおかしくない。横一線という感じだ。確率は、3/9=である。現実に6校は夢の舞台に進めないことになる。

    万が一3校に選ばれなかったら…”4校目”として特別に選んでほしい。そのくらいに思っている。そんな古高OB/OGが大半だろう。

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    20 January 2019

    古高激闘の記録(11) 野球部の歴史と応援歌の由来 (古中古高百年史より)1/19/19

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    (注意 本日大学入試センター試験と聞きしが、センター試験受験せる受験生、試験終わるまで読む可からず)

    *古中古高百年史をようやく閲覧することができた。これは非売品である。どのようにと言えば図書館から借りたのである。誰がと問われればもちろん私でなく、知人が、である。持つべきものは友達である。色々な新事実が書かれていて実にためになる。時間をかけていろいろ吟味していこうと思う。今回はまず「野球の歴史と応援歌の由来」の節について。




    「野球部の歴史と応援歌の由来
    野球部の創部はすでに本校開校の翌年、一八九八(明治三十一)年であったが、一九〇八(明治四十一)年事情により廃部となった。その後、大正十年に復活した。復活当初は入部希望者も少なく、辛うじてメンバーを揃える状態で、特別の指導者も不在で部員達が自主的にルールをおぼえ、練習不足のため対外試合をしても大敗することが多かった。

    野球部報「学友会雑誌」二十五号(大正十二年発刊)

    素山倶楽部来襲記
     十月十一日!此の日こそ、我等がナインが、待ち焦がれた素軍との決戦日であつた。素軍来襲!四百の兄弟は無論の事町の有志者諸氏からまで、種々と力附けらるゝ、後援の聲を聞いた時、一年に唯一度の外来チームとの試合なる事を思ふ時、將又昨秋我等が敬愛する先輩諸兄が彼と戦つて、日沒の為ドロンゲームと宣せられたりしを顧る時、それは我等にとつては、實に関ヶ原と、大阪夏の陣が一度に來たの感あらずんば非ずであつた。主將星野病篤くして故山に歸りしよりは、全軍の意氣は兎角乱れ勝であつた。そして我等ナインの中には、自轉車通學もあり、汽車通學もあり、或は課外授業に入つてる者等で、九名の正選手が完全に揃つて徹底せる練習をする事は、殆ど不可能であつた。加之縣の武道大會が次第に迫つて来る、快漢千葉は我が部の重鎮であると共に、亦、劔道部の巨將であつた爲之も氣が氣でなかつたのである。
     けれども我らは蔭乍ら星野主將の采配を胸に描きつゝ瀧なす汗を浴びて猛練習した。唯一人の親とも、師とも頼るべくコーチャー松宮氏の叱咤の聲に、疲れ切つた肩に、盡き失せた勢力を呼び戻しつゝ、赤陽西栗駒に歿する迄、我等は必死の努力を續けた。そして微か乍らも次第に進歩する技倆は自信なきまでも微笑まずには居られなかつたのである。

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    14 January 2019

    センバツ21世紀枠 候補校紹介/2 古川(東北・宮城) 勉強机で培う精神力 ほか 毎日新聞2報

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    <第91回選抜高校野球大会>


    https://mainichi.jp/koshien/articles/20190113/ddm/035/050/071000c

    毎日新聞

     各練習メニューの前後に必ず選手だけでミーティングを行う。「キャッチボール相手の改善点を指摘し合おう」「今のボール回しは本気だったか」--。時には厳しい言葉も飛ぶ。捕手の高橋寛太主将(2年)は「漫然と練習しても意味がない。目的意識を統一して短い時間を無駄にしないようにしている」とその意図を説明する。
     古川市と6町が2006年に合併して誕生した宮城県北部の大崎市にある進学校だ。平日の練習は約2時間と限られているため、工夫を凝らす。例えば選手24人全員が参加するボール回しでは、球を受けない選手も投げる動作をしてイメージを養う。守備練習ではシートノックをほぼ行わず、ポジションごとに分かれて手投げの球をさばいて捕球や送球姿勢を確認する。

     野球部OBで英語教諭の茂泉(もいずみ)公己監督(44)は「ノックやフリー打撃は待ち時間が多く、効率が悪い。みんなが動き、ボールを触る機会の多い練習を意識している。時間がない分、密度にこだわらなければ」と強調する。
     昨秋の県大会は準々決勝で強豪・東北を1点差で破ると、勢いに乗って準優勝。57年ぶりに出場した東北大会でも2試合続けて接戦を制して4強入りを果たした。

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    12 January 2019

    投稿「古川高校を甲子園に送る会」

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    「せえべえ」さんからのメール。せえべえさんは古高の卒業生であり、私も知らなかったのですが、かつて1990年代に「古川高校を甲子園へ送る会」というのがあり、約5年間ぐらい盛んに活動を続けていたそうです。筆者のブログ「宮城県古川高校を甲子園へ」とは関係がありませんが、その当時の会則がなかなか面白いので掲載させていただきました。ありがとうございます。



    「自分は完璧な帰宅部(郷土研究部)でしたが、
    今も「母校は古高」であり、野球部はもちろん、
    古高の活躍を見ると、血が騒いでいます。
    ちなみに1986年の古高のサヨナラ負けは生の目撃者でした(笑)。
    1992年頃は、10歳くらい年上の悪い先輩たちの「パシリ」をしていました。

    この会は、テレビ局が関心を持ってくれて取材もされています。
    テレビが来なかった日に、古高対沿岸部の某高校(原文は実名)の試合で
    某高校のランナーコーチを先輩たちと「漁民」と野次ったら、
    ランナーコーチが塁審にチクリ、私だけが係りの人々に
    スタンドから退場させられるという屈辱的な経験もあります
    (古高もコールド負け)。

    実を言うと、息子が昨年の春に仙台市内の某高校硬式野球部を卒業し
    私は野球部父母会事務局長でしたがよもや息子の卒後に、
    こんな展開が待っているとは夢にも思いませんでした。
    他県で甲子園に出た公立高校は大嫌いです。
    古高こそが公立の星だと思っています。

    今、宮城県の教育界も古高生が大勢います。
    地元マスコミでも要職の立場に古高生がいます。
    夢で終わらず、東北に希望の風をもたらして欲しいですね。

    余計な話のついでを申せば、私の母親(故人)の実家は古川の塚目にあり、

    古高の野球グラウンドの周辺は、私の祖父(昭和58年逝去)の田んぼでした。
    私が高2の時に祖父は亡くなっていますが、生前、言葉を交わした記憶は
    あまりなく、覚えているのは、祖父の家に行くと、南京袋にいっぱい詰まった
    「古川高校」というネームの入った硬球(糸も、ほじくれ、黒ずんだ)と
    ヒビの入ったバット(古川高校という文字がかすれて読める)を
    無言で手渡されたことです。何度も、何度も、でした。

    練習試合の息子の立ち合いやら、昨年の夏は息子ももういないのに
    その卒業した高校との練習試合を観戦し、2両の陸羽東線やら、
    外野を取り囲んだ瀟洒な住宅を眺めていて、思い起こされた記憶です。」





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    08 January 2019

    星合愛人と古高校歌 3

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    「呼子鳥」台北文明堂書店 刊 著者 星合愛人





    星合氏の第二の著作集、「呼子鳥(よぶこどり)」をあるツテをつたって台湾より入手した。これは短歌集である。星合氏の著作は、わずかに東京神田などで隈なく探せば手に入るようだが、いかんせん安くない。台湾で入手したものの為か保存状態は決して良くないが(頁が一つずつはらはらと剥がれてきている)、それでも当時台湾で発行されたものを、台湾で購入したのは日本で購入するより安価だという以上に大きい意味がある。ページの間より当時の星合氏が過ごした台湾の雰囲気が伝わってきそうではないか。

    ところで呼子鳥(よぶこどり)とは一体何の鳥であろうかと調べて見る

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    03 January 2019

    古高激闘の記録(10) 古川ー東北 (2)(昭和61年)1/3/19

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    古川ー東北(昭和61年)その1は、

    https://furuko-baseball.blogspot.com/2010/12/blog-post.html



    昭和61年、第68回全国高校野球選手権宮城大会4回戦 

    古川4ー5x東北。

    古川 102 000 001   |4

    東北 100 000 004x |5


    3回表、1死より1番青沼選手死球、2死2塁となって再び3番千坂選手を迎える


    貴重な当時の男子校っぽい応援風景 蛍雪健児古高の〜



    先発の伊藤投手は、ゆったりとしたフォームからコーナーをつき、バックも堅い守備で盛り立てる。東北1番の遠藤選手には3塁打を打たれるも後続を抑える
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    31 December 2018

    星合愛人と古高校歌 2

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    星合愛人著作集6、「心の影」昭和5年 台北文明堂書店 刊行。


    これは総ページ数40弱の小さい詩集であるが、後半は前書きにある通りに俳句や漢詩が収められている。星合愛人氏が台湾総督府職員になって内地を離れたのは当ブログ「古川高校の歴史」に書いたのでそちらを参照されたい。
    https://furuko-baseball.blogspot.com/p/blog-page_13.html

    前書きをそのまま掲載する。それによれば青少年時の大方の習作は破棄してしまって、今はないものの幾つか残存せるものの中から出色のもののみ抜粋して詩集を編むと。萩畔子というのは星合氏の雅号である。別の本では星合萩畔(しゅうはん)と名乗っており、どのような使い分けをしていたのかは知ることもできない。東門というのは台北の中心地の地名。台湾に移住してから
    萩畔子と名乗るようになった可能性もある。(おそらくではあるが、孔子、老子、荘子、などを真似てか、その地で尊敬を受けて渡台したのち萩畔子と名乗るようになったのではないか。孔子などの"子"には他からの尊敬の意味が込められている)








    奥付において、確かにこれが星合愛人氏の作品であると確認される。出版は台湾文明堂書店である。



    その巻頭の詩が、「山上に立ちて」。この詩集は作製年順に詩が並んでおり、年月日も記載

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    29 December 2018

    星合愛人と古高校歌 1

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    1989年(平成元年度 古川高校生徒手帳より)

    古高校歌は明治43年(1910年)制定とされる。作詞は星合愛人教諭、作曲は田村虎蔵教授。この田村虎蔵教授に関してはずいぶん調べられている。金太郎や花坂爺の歌など、日本の代表的な唱歌の作曲者としてつとに有名だ。

    ところが、作詞者の星合愛人とは誰なのか。古高のHPでさえこの作詞者かつ古高教諭についての説明を加えてない。もちろん、筆者が在学時にも、校歌の由来等を教えられたことはなかったと思う。

    どのページを見ても、田村虎蔵については同じような調子の説明がある。星合愛人に関しては、国語英語の教諭だったという情報以外の説明を知らぬ。筆者はむしろこの「星合愛人」という作詞者、その名前にも言い知れぬ魅力を感じているのである。いったい、この「星合愛人」という名は本名だろうか。ほしあいなんと読むのだろう?まなとか、あいとか。当時星合先生の授業を受けた生徒、、、さすがにもうご存命ではないだろう。

    数回に渡って、この古高校歌と作詞者星合愛人氏についての考察を加える。まずこの校歌の歌詞の意味を自分なりに吟味してみようと思う。ただし意味を取り違えている場合もあるかもしれない。その場合はご指摘いただければ幸いである。

    まず校歌の4番までの歌詞だが、

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    23 December 2018

    Knuckleball 12/23/18

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    ティム・ウェイクフィールドTimothy Stephen Wakefield)メジャー通算200勝。野手でMLB入団。速球の最速は高校生投手なみの123km/hほど。


    ロバート・ディッキーRobert Alan Dickey) メジャー通算120勝。サイヤング1回、最多奪三振1回。

    スティーブン・ライトSteven Richard Wright ) オールスター1回。レッドソックスのローテーションをつとめる。



    現代でもナックルボーラー(投球のほとんどがナックルボール)がMLBで通用している。もう引退したがウェイクフィールドに至っては、野手でMLB入りしたものの通用せず、たまたまキャッチボールで遊びで投げていたナックルがコーチの目に止まり、投手に転向、日本の高校生並みのスピードの速球とナックルのみでその後MLB通算200勝をあげている。こういう破天荒なストーリーが日本であまり見られないのは何故なのか?メジャーの選手が打てないということは、日本の高校生は打てないということである。

    第一、一流のナックルボールはキャッチャーさえまともに捕れない変化なのだ。もしも従来通りの直球主体の正攻法で全く強豪校に通用する気配がないのであれば、日夜ナックルの精度に磨きをかけそれで勝負する手もある。また、もしエースが打ち込まれて、何らかの都合で野手が投手をつとめなければ
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    16 December 2018

    ぐるっと東北・母校をたずねる 宮城県古川高/2 

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    *手前味噌になりますが、当ブログが毎日新聞に引用されています。大変光栄なことです(ヤッホー \(^〇^)/ )。「ぐるっと東北・母校をたずねる」は有料記事ですが、ワンデープラン一日100円で24時間読み放題になる便利なコースがあります(今回だけ一応転載を許していただけるでしょう)。次回ぐるっと東北・母校をたずねる 宮城県古川高/3はムネさん(さとう宗幸 先輩)です。

    また、伊藤先輩、鈴木先輩については、合わせてこちらもご覧ください。





    戦後体験、コメ改良の道に 元県古川農業試験場長・佐々木武彦さん /宮城 毎日新聞2018年12月14日 地方版

    佐々木武彦さん=1954年度卒


     宮城県古川農業試験場の元場長、佐々木武彦さん(82)=1954年度卒=は銘柄米「ひとめぼれ」などの生みの親です。米の多くは、宮城県古川高のある大崎市から東北各地に広まったのです。佐々木さんが古高(ふるこう)で学んだ時代は「戦後」が色濃く残っていました。【山田研】
       古高に入ると、まだ軍服で教壇に立つ先生がいました。戦後間もない時代です。名物先生もいっぱいいました。十何年も二十何年もいる先生が多く、漢文の桜田(鴻英=42~57年在勤)先生をはじめ、それぞれの考え方をもって世の中の見方を教えてくれました。中学までは教科書の字面ばかり追うような勉強でしたが、高校ではいろいろなことを考える機会を与えられたと思います。
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      14 December 2018

      「21世紀枠」候補高に古高が選出

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      *ふるこうまずは東北代表を勝ち取る。これは大変な偉業だ。いよいよ本当に甲子園にあと一歩に迫った。


      現在毎日新聞の「ぐるっと東北・母校をたずねる」という連載記事において12、1月と古高が担当となっています。毎週金曜日掲載です。そちらも是非ご購読ください。


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      「21世紀枠」候補高に古高が選出
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      来春開幕の第91回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の「21世紀枠」の各地区候補校9校が発表され、東北地区は宮城県の古川が初めて候補高に選ばれた。来年125日の選考委員会で21世紀枠の3校に選ばれれば、3月23日から阪神甲子園球場で行われる大会に出場する。
       21世紀枠は練習環境などの困難克服や地域貢献など、野球の実力以外の要素を選考条件に加えることで、甲子園出場を逃している学校に出場機会を広げることを目的に第73回大会(2001年)から導入された。古川は10月の東北大会で準決勝に進出したことや学業との両立などが評価され、宮城の候補高に選出されていた。

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      センバツ「21世紀枠」候補9校を発表 釧路湖陵、八尾など(毎日新聞)
      https://mainichi.jp/koshien/articles/20181214/k00/00m/050/099000c



      毎日新聞

      古川が21世紀枠有力「旋風」の予感漂う/記者の目



      第91回選抜高校野球大会(来年3月23日開幕、甲子園)の21世紀枠各地区候補9校が14日、日本高野連から発表され、東北地区推薦校に古川(宮城)が選出された。今秋は県大会準優勝で57年ぶりの東北大会出場を果たし、同大会でも4強進出。文武両道や東日本大震災復興ボランティア活動なども評価され、創立122年目で春夏通じて初甲子園に前進した。同枠3校を含む代表32校を選ぶ選考委員会は、来年1月25日に行われる。

      <記者の目>
      古川の「21世紀枠」3枠への選出は有力とみる。エース千坂を中心とした実力は、一定レベルに達している。秋季県北部地区予選から東北大会まで、ほぼ1人で投げ抜いた。今年も国公立大学現役合格66人を誇る同校の中で、学力も理系クラス120人中、10番台をキープする「IQ鉄腕」。文武両道とボランティア活動などを含め、甲子園未出場も決め手にはなる。
      選考は東日本と西日本で、まず1校ずつを選出し、3校目を東西の次点校から審議する。釧路湖陵(北海道)は古川同様に文武両道に加え、北海道地震の大規模停電などを乗り越えてきた。だが、神宮枠を北海道が得たことで地域性では不利。石岡一(関東・茨城)は最速147キロ右腕・岩本大地(2年)を擁して県4強。近年は常に強豪と接戦を演じ、園芸科や造園科など農業分野での貢献もある。金津(北信越・福井)は今夏甲子園に出場した敦賀気比に勝ち、園児や小学生などへの野球普及活動も評価されている。
      古川にとってのマイナス要素は、過去10年中8年で東北から選出されている偏りか。紫を基調としたユニホーム、体を反らせて全力で歌う校歌、絶対的エースの存在など、今夏の主役となった金足農(秋田)に類似する部分も多い。両校ともOB監督で躍進。選出されれば「旋風」の予感は漂う。【高校野球担当・鎌田直秀】
      21世紀枠東北地区推薦校選出が決まり、笑顔を見せる古川の選手たち(撮影・鎌田直秀)

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