28 June 2019

第101回全国高等学校高等学校野球選手権宮城大会 組み合わせ抽選会開催中

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高橋主将の話

エース千坂投手の話

*この夏は、ぜひ選手だけでなく、OB, 古高関係者、地元の方々、みんなで一戦一戦、後押しして行くことをお願いしたい!行けるぞ!いや、必ず行くぞ甲子園!!





アップデート。組み合わせ決定!
選手宣誓は 佐沼高校主将千葉充紘君








アップデート 古高一回戦、登米総合産業高校



アップデート





+古高第5シード18番、初戦は7月16日11時30分、仙台市民球場に決定。

もうここまで来たら、目標は甲子園なので、どこと当たっても関係ない。勝つだけだ。


速報は宮城県高校野球連盟のHPで


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12 June 2019

激闘の記録 育英、三年ぶりV 昭和57年春季高校野球宮城大会

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*春季高校野球では、宮城第三代表の東北学院が東北大会のベスト8まで勝ち進んだ。これも大変なことだが、秋東北のベスト4まで勝ち進んだ我が古高がどれだけ凄かったかもう一度選手には思い出し、夏の自信にしてもらいたい。秋は東北学院に勝利して準々決勝に進出してから勢いがついた。

さて、昭和57年度の春季大会は、古高は決勝まで勝ち進み、仙台育英と対戦した。金沢監督時代の仙台育英である。その河北新報の記事

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02 June 2019

学友会の発足 古中古高百年史より/「ローンテニスとベースボール」 一回卒 富士 省三

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*吉野作造記念館、および「古川野球史」によれば、古川にベースボールを初めて伝えたのは吉野作造であるらしい。吉野作造は当時、宮城県尋常中学校(現在の仙台一高)を卒業したのち、旧制第二高等学校(現在の東北大学の前身)に入学したばかりであった。この「古川へのベースボールの移入」は、「現古川高校へのベースボールの移入」とほぼ等しい。つまり、我が古川高校野球部は、「大正デモクラシーの吉野作造(ら)によって伝えられた」由緒正しい野球部なのである(これを読んで今からでも入部したくなった新入生は、将来後悔しないためにも青春を古高野球部にかけるべく入部されたし)。


吉野作造(明治11~昭和8年)

古中古高百年史によれば、尋常中学校志田郡立分校(現在の古川高校)一回卒の富士省三氏が、古川に帰省していた吉野作造からローンテニスを紹介されたその時期に、ベースボールも彼によって紹介されていたということになるだろうか(下記参照)。宮城ではまずベースボールは旧制二高(現東北大学)にもたらされ、二高にチーム機構が確立したのち、各地の中等学校へ指導のかたちで伝播していった。その二高の学生の役割を担ったのが、吉野作造であったわけであろうが、これは年代的にも合致する(もっとも、吉野作造自身は部(会)に入るほど熱心だったわけではなさそうだが)。

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