20 December 2011

昭和56年県予選ベスト8の記事

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*昭和56年は、古川高校が10年ぶりに夏の大会ベスト8入りを果たしました。その当時の新聞記事です。

仙台二、古川に惜敗
後半のチャンス生かせず

昭和56年7月21日 河北新報
球児の夏は全開。第六十三回全国高校野球選手権宮城大会三日目の二十日は、午前八時から宮城、評定河原両球場と東北高グラウンド、それに泉市の東北学院泉球場の四会場で1回戦の10試合を行った。
この日仙台地方は朝から真夏の太陽がじりじり照りつけて気温も急上昇、グラウンドでは汗と砂にまみれての熱戦を繰り広げた。
宮城球場の第1試合、仙台二ー古川は一進一退の好ゲームとなったが、3-3で迎えた八回裏、古川がバントから敵失を誘い逃げ切った。

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22 October 2011

昭和26年 古川高校初優勝を伝える河北新報

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久しぶりに更新します。

古川工業の初優勝に沸いた今季の甲子園予選でした。甲子園では残念でしたが、大崎地方から初の甲子園、県下工業高校を見ても初の甲子園となりました(それにしても、強豪の仙台工業もいまだ甲子園に出場していないというのはちょっと驚きです)。

歴史を紐解けば、古豪・古川高校も過去に県下「優勝」の実績があるわけで、これは後世に伝えていくべきことでしょう。その昭和26年7月27日(金曜日)の河北新報の記事です。


初優勝に輝く古川高
ー高校野球決勝 宮工の打棒を完封




真夏の太陽のもと連日真摯なプレーに高校球児の熱と意気を示してきた全国高校野球宮城県予選は二十六日最終日を迎え宮城球場で宮城工ー古川高の間に決勝戦が行われた、十数年ぶりに県下のペナントをねらう宮工、三十余年の野球部史上に花を咲かせようとする古川高の両校のナインは必勝のまなざしもするどく、午後二時七分宮工の先攻で決戦の火ぶたが切られた古川高は一回先取点をあげて快調なスタートを切りその波にのって着々点を重ね一方五日連投の佐藤投手はこの日も宮工の打線を五安打に封じ八回野手の凡ヘッドに2点は失したがその裏4点をだめ押し堂々の優勝をとげ仙北の地に始めて優勝旗を持ち帰った
古川高8A-0(ママ)宮工高(*8-2の誤植)
宮工高000 000 020|2
古川高100 102 04A|8
◇五日間連投の古川佐藤投手は緩投でベースワークよく宮工打者のタイミングをたくみにそらした投球ぶりで気負い立つ宮工ナインを軽くいなして快勝した、宮工は一回から七回まで散発の三安打に封じられてチャンスなく、ややあせり気味になって打ち気がに出たが佐藤の緩球を打ち込めず八回二安打、一四球で2点差にちぢめたが後援つづかずやぶれた、古川はへき頭から果敢に攻め宮工佐伯投手の直球をよくミートして二安打一失に1点を先制、四回には後藤の三塁打と佐藤義の中前安打に加点、六回には二安打、二四球、二失に2点で勝敗をはっきりしたその後八回佐伯に代った庄司から四安打、二四球、一失で4点と決勝戦にふさわしからぬ大差をつけてしまった、敗れた宮工は主戦の佐伯をあまりに頼りすぎまた佐藤投手をあまく評価したのではなかろうか、前日の打線の冴えは影をひそめ内野守備もこれまでになくお粗末であった、とにかく県大会で優勝した古川佐藤投手の健闘は賞賛されてよい、また福島の東北大会には古川、宮工とも大いに活躍するよう期待する

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16 August 2011

23年前の東陵初優勝

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古川工業の初優勝に沸いた今季の宮城大会であったが、何でも仙台市以外の高校が夏の甲子園に出場したのは23年ぶりだそうである。そうか、そんなに経つのか・・・。忘れもしない気仙沼の東陵高校が初優勝して以来だ。

その強打の東陵打線の印象はいまだに強烈で、のちにプロに進んだ井上純(横浜ー千葉ロッテ)を中心に、どこからでもホームランを打てる大型チームだった。その昭和最後の大会、昭和63年第70回記念大会の総集編のビデオを見ながら、当時を振り返ろう。

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26 July 2011

決勝戦 速報 おめでとう、古川工業

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古川工業、初優勝、甲子園初出場決定! 
大崎から初の甲子園!



古川工 000 001 110 | 3
利 府   000 001 000 | 1




*歴史的な宮城大会となりました。やり方次第で公立・私立の垣根は無いということを示した両校に拍手を送りたいと思います。古川工業の精神力には恐れ入りました。並大抵の努力ではこのような結果になっていないはずです。ただ努力するというのではだめで、野球はどうすれば勝てるかを、どのチームよりも必死に考えた結果であろうと思います。高校生同士の対決、どのチームにも甲子園のチャンスがあります。そのような時代に突入したと思いたい。いずれにしても、古川工業によって宮城県高校野球史に残る金字塔が達成されました。

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間もなく決勝戦

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私は海外に住んでいるために、直接放送を見れないのが残念だが、ここで私なりに決勝の予想をしておこう。

私の予想では6:4で利府高校が有利と見る。


利府高校の最近の主な成績


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25 July 2011

速報・古川工業、初の決勝進出!!

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準決勝 第一試合
古川工業 100 100 010 | 3
東  北 000 001 000 | 1

古川工業:山田
東北:上村ー片貝



古川工業、初の決勝進出!! 第一シード東北
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11 July 2011

仙台、古川に快勝 全国高校野球宮城大会(河北新報コルネット)

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仙台―古川 7回表仙台1死満塁、白井の死球で三走佐藤駿が生還し、2―1と勝ち越す=福祉大


第93回全国高校野球選手権宮城大会第3日は11日、仙台市の東北福祉大球場などで2回戦を行い、仙台は古川に6―1で快勝した。仙台二、小牛田農林、石巻北、佐沼も勝ち3回戦に進出した。
 仙台は1―1の七回、1死満塁から白井秀啓の押し出し死球で勝ち越し、さらに中村修平の左前打など打者9人の猛攻で4点を挙げた。仙台二は二回に工藤健功の右前打で先制し、その後も着実に加点した。小牛田農林は7―0で涌谷にコールド勝ち。石巻北は4―1で仙台向山を下し、佐沼は7―0で仙台高専広瀬に快勝した。
 第2日の10日は、仙台市のKスタ宮城など5球場で1回戦11試合を行い、石巻や志津川、古川黎明、東北学院、気仙沼向洋などが2回戦に進んだ。

 ▽2回戦
仙台 100000401=6
古川 001000000=1




*古高残念ながら仙台に敗北。7回までは互角の試合をしていただけに、終盤の戦いに課題が残る。選手はご苦労様でした。今年は大震災の影響でじゅうぶんに練習できなかったかもしれません。試合ができただけでも、これは感謝すべきことです。仙台高校には今後頑張って勝ち進んで欲しいと思います。
とはいえ残念ですが、この敗北をしっかりと胸に受け止め今後を歩んで欲しいと思います。特に2年生以下は、何故郡部の学校が仙台勢に弱いか、また仙台勢も中央に出ると何故勝てないかを考える必要があるかと思います。これは古高の伝統でもありますが、そろそろ打ち破ってもいい伝統です。というか、打ち破らなければ甲子園は遠い。実際の力の差はほとんどありません。毎年いい試合はする。試合は作るが、最後は負ける。恐らく、郡部の学校が東北・仙台育英を倒して甲子園に行くには、野球のスタイル・概念・練習方法をまったく変えてしまう必要があるのではないかと思います。高校生にそれをのぞむのは酷というものですが、甲子園に出るには一日一日の練習の質が東北仙台育英に匹敵する以上のものでなければならない。まずは、敵を良く知る、これから始まるということでしょう。

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試合速報

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27 June 2011

宮城大会組み合わせ決定 asahi.com

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第93回全国高校野球選手権大会 宮城県予選の組み合わせが決定した。古川高校は、2回戦、7月11日、東北福祉大球場・第一試合(9時開始)で、仙台高校と対戦することになった。仙台高校は甲子園出場経験のある強豪であるが今年の大会は何が起こるかまったく予想できない。古川高校も今年は例年以上に調子が良さそうだし、好試合が期待できる。
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10 April 2011

春季高校野球東北大会を中止 福島は県大会取りやめ

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東北地区高校野球連盟は9日、盛岡市内で開いた東北6県の臨時理事長会議で、6月9~13日に宮城県内で予定していた春季東北地区大会の中止を決めた。

 東日本大震災で大きな被害を受け、福島第1原発での事故の影響を受ける福島県高野連が、県大会の中止を決め、宮城県高野連も中止を検討しているため。例年、春季東北大会は各県の代表3校により、18校で行われているが、東北地区高野連によると、東北大会の中止は秋も含めて初めてという。
 宮城県高野連は10日の臨時理事会で県大会中止を正式に決める。岩手県高野連は19日に結論を出す方針。青森、秋田、山形3県の高野連は予定通り県大会を行う。
 夏の甲子園を目指す各地方大会は、開催を目指すことを確認した。
 東北地区高野連の宗像治理事(福島県高野連理事長)は会議後、「『一県でも県大会ができなければ、東北大会を中止すべきだ』との考えで一致した」と述べ、「置かれている状況を考えれば、部員にとって我慢も勉強だと思う。夏の大会を運営できるよう努力していきたい」と話した。

河北新報コルネット 2011年04月10日日曜日



*このような未曾有の大災害に直面するのは、東北球界始まって以来のことです。長らく更新を中断しました。言葉が出て来ません。

今回の中止は英断だと思いますが、一日も早く球児たちが全力プレーできる日が来ることを願っています。この春季大会の中止を補うような特別な大会を、夏の予選終了後でも、今年の現役3年生には与えるくらいの関係各位の懐の深さが欲しいと思います。野球がやれる選手は、野球で倒れるくらいのいい思い出を作って欲しいと思います。

復興の足音と、球児に対する大声援が、街に甲高く響く日を期待して止みません。

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15 February 2011

古高激闘集3 古川ー佐沼(平成元年)

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第71回高校野球選手権宮城大会 二回戦(平成元年)

古川 010 000 000 |1
佐沼 001 100 00X |2

平成元年の初戦(二回戦)は、伝統の佐沼高校との対戦となった。実は伝統ある古高ー佐沼両校の夏の大会はこれが初めてなのである。しかもこの翌年も佐沼戦と立て続けに2年死闘を繰り返すことになるのだが・・・。



佐沼高校の左腕・冨士原と捕手・金野(志津川ー松島高校監督、現佐沼高校)は中体連の優勝バッテリーで、高校でも1年からバッテリーを組み経験豊富。最終学年でも秋季県大会ベスト4、春季県大会もベスト4、第4シードとしてこの夏の大会を迎えた。

対する古高は、2年生中心の若いチームながらこのシーズン22戦のチーム打率が.380という切れ目のない打線を誇っていた。また、春季県大会ベスト16で仙台育英に大敗したあと(10-3)、エース石ヶ森は外角カーブのコントロールに磨きをかけ、直前の練習試合でノーヒットノーランを記録するなど、波に乗っていた。

長年チームを率いた沼倉監督は過労で入院、代役として昭和46年東北大会準優勝時のサードで慶応義塾大学で活躍した佐々木監督とともに、打倒佐沼を目指して最後の練習を積んでいた。

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28 January 2011

大館鳳鳴、初出場おめでとう

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雪の中で届いた初の朗報 21世紀枠・大館鳳鳴(秋田) asahi.com


大館鳳鳴は1899年の創部以来、春夏を通じて初めての出場となる。午後3時半、選手たちは雪の舞う中、校舎の正面玄関前で高橋校長から朗報を聞いた。その後、円陣を組み、「鳳鳴! 鳳鳴!」と喜びの声を上げた。 例年、冬場は基礎体力づくりに力を入れるが、今冬は12月中旬に21世紀枠の推薦校に選ばれたため、選抜大会への出場を視野に実戦練習もしてきた。斉藤監督は「ほかの出場校の投手の速球や、選手たちのスイングの速さは自分たち以上だと思う。しかし、相手に合わせたり、物おじしたりせず、一戦一戦を大事にしたい」と語った。小貫主将は「うれしい気持ち半分、信じられない気持ち半分。大観衆にのまれることなく、自分たちのできるプレーを、一つずつ積み重ねていきたい」と話した。


大館鳳鳴高校おめでとうございます。念願の甲子園初出場を果たしました。秋季秋田県大会優勝ですから立派なものです。また、徳島の伝統校・城南高校も初出場を果たしました。古川高校も同じような甲子園未経験の伝統校ですから、いい刺激になったことと思います。いつか雪の中で「古高!古高!」と叫んでみたいですね!いやそのうち絶対来ますよ。がんばれ古高!

大館鳳鳴高校 明治31年(1898)の創立、明治32年(1899)創部。 2011年甲子園初出場。
徳島城南高校 明治 8年(1875)の創立 明治31年(1898)創部。 2011年甲子園初出場。
古川高校    明治30年(1897)の創立、大正10年(1921)創部。 甲子園出場経験無し。


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16 January 2011

投稿「OBの声」1

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補足:


昭和56年は、準々決勝まで進出しました。東北高校相手に、相手打線がスクイズでしか攻められないまでに善戦、また、相手の3投手を引き出しましたが、惜しくも敗退しました。

氏家投手のがんばりと、伊藤主将の妥協してこなかったの言葉が、すべてです。

S58年卒業、野球部OBです。
今は、北海道で、野球をやっています。ファイターズの応援をしています。北海道在住20年。

白河の関を越えて、津軽海峡を渡るすべてを体感しています。
野球発祥の地のひとつとされるこの地を実感しています。

「妥協しない」と目標と楽しむことが、甲子園への道だと思います。
冬にも、野球するのが、回答だと思います。

ここ、北海道では、冬に野球するために工夫しています。
長い目でみたら、冬の筋トレもいいですが、どうやって、年中野球できるか、がすべてです。

そこが東北と北海道の違いだとおもいます。




金原 雅樹(昭和57年度(昭和58年3月)卒 野球部OB)


春季東北大会のメダル

春季県大会準優勝のトロフィー


*管理人より

金原先輩、投稿ありがとうございました。昭和56年夏のベスト8の結果が抜けている旨のご指摘をいただき、訂正させていただきました。その後こちらより無理を言って、当時のメダルとトロフィーを見せていただきました。これは大変貴重なものです。現役生も、このようなものを目標に是非頑張って古高旋風を巻き起こし甲子園出場を果たして欲しいと思います。

全国のOBの皆様、匿名でも構いませんので、ふるって当時の思い出や、後輩への期待を「OBの声」としてお寄せください。また、当時使用したユニフォームや新聞記事など、さまざまな資料の提供を呼びかけます。

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05 January 2011

古高グラウンドに行ってみた

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昨年末、古高グラウンドを訪ねました。だいぶ整備されたグラウンドに変貌していて驚きました。 

この上の外野の写真ですが、私が現役当時は、草で覆われていました。それでたまに草刈をするのですが、今度は刈った草を集めて捨てなければならずそれが物凄い大変でした。ひどい時は、深夜11時にようやく終えて帰ったこともあります。 


また、ブルペンもあります。























三塁側にもベンチがあります。当時はこのどちらもありませんでした。



それに、この照明ですが、我々の時は工事現場で使用するライト一基のみがあり、それをグランドに照らして練習後のグラウンド整備をしました。 









当時の思い出ですが、練習終了後も1年生はグラウンド整備と用具の手入れ、及び自宅に戻ってのボールの修繕が残っていました。それで、翌日の練習でイレギュラーや用具に不備があると、恐怖の「センターダッシュ」という罰則があるわけです。 

これは、センターの最も奥(センターのネットのさらに奥のフェンス)にタッチして、ホームベースまで戻ってくる1年生だけの徒競走で、1位から抜けていくことができます。 

当時我々の同期は7人しかいませんでしたが(最終的に3年まで残ったのは5人)、私は足の早いほうでは無かったので、5~7本くらい走ることがほとんどでした。片道140mくらいある訳ですから、これがどのくらいの運動量になるか想像してみてください。 

それではじめの一本目から全力を出しても足の速い奴には勝てないので、若干手抜き気味に走るとまたそれを先輩に見抜かれ、無条件にダッシュの本数を増やされるというまさに鬼のシゴキでありました。 



それにしてもこの古高グラウンドの空を仰いで、汗を流し、声を出したものです。


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