行くぞ甲子園


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29 April 2026

春季北部地区予選 対小牛田農林高校 令和8年4月29日 ほか

 

写真提供 古川高校OB様

試合終了
12:30
地区予選

鹿島台中央野球場

学校名123456789
小牛田農林0000000011
古川00110101X4














小牛田農林

投手:
早川

古川

投手:
佐々木雅→伊藤玲

*この結果1勝1敗となり、次戦はいつどこで行われるか、まだ高野連の予定表では不明。他に1勝1敗は富谷、古川工業。







【高校野球】春から部長に就任した仙台・笹口大輝さん 伝統守るため並々ならぬ覚悟で母校へ帰還(日刊スポーツ)


<春季宮城高校野球中部地区大会:東北11-0仙台>◇29日◇仙台市民球場

 仙台ベンチには懐かしの姿があった。18年に同校を卒業した笹口大輝さん(26)が、この春から部長に就任した。かつて、がむしゃらに夢を追いかけていた青年から一転、教え子であり、後輩でもある選手らの背中を押す存在となった。今春センバツ出場の東北との一戦。0-2で迎えた5回、大粒の雨にも苦戦し大量失点。コールド負けで県切符を逃した。笹口部長は「夏に向けてもう1度、スタートしよう」と声をかけ、98年夏以来の甲子園出場に向けてかじを切った。  高校時代は西武・佐藤隼輔投手(26)の女房役を務め、主将としても夏8強へと導いた。卒業後は東北学院大へと進学。軟式野球部に所属し、日本代表にも選出された。その後は教員の夢をかなえ、初任地の仙台工で4年を過ごした。初年度はラグビー部、2年目からは軟式野球部の顧問を務めた。  「帰ってきた」。この春から母校の教壇に立つ。汗と泥にまみれながら青春時代を過ごしたグラウンドへも。恩師の石垣光朗監督(62)とタッグを組む。「頼むぞ」。その言葉には、再び教え子とグラウンドに立てることへの喜びと期待が詰まっていた。現役時代と比べて部員数は減少していたが、伝統はしっかりと引き継がれていた。  石垣監督は当時から人間性を重んじる指導を大切にしてきた。「知らない方がグラウンドの横を通った時、野球部を見て元気を与えられる活動をしよう」。愛されるチームを目指してきた。あの頃と何一つ変わっていなかった。笹口部長は「野球に対する向き合い方だったり、そういうところは変わっていなかったので安心したというか、うれしかったです」と、OBとしての顔ものぞかせた。  この伝統を守り続けるために、並々ならぬ覚悟を持って母校へと帰ってきた。「以前の先輩方が作り上げてきた伝統を、次へとつなげるという思いは教員になっても持ち続けています」。もちろん、目指す場所も変わらない。「子どもたちの夢をかなえさせてあげたいです」。次は指導者として-。母校で過ごす2度目の青春物語が幕を開けた。【木村有優】

今夏の甲子園からリプレー検証導入、高野連が決定…九回までに1回・判定覆っても上限2回まで(読売新聞)


守りの野球に改革か、伝統の強打か―。2年間迷い続けた盛岡大付が見つけた「低反発バット攻略法」(スポニチ)


 アマチュア野球の指導者らに采配やチーム運営などについて、インタビューする連載「指導者の思考法」。第15回は春夏合わせて16度の甲子園出場を誇る盛岡大付(岩手)の関口清治監督。24年春から導入された低反発の新基準バットにより、伝統の強打が鳴りをひそめていたが、ついに「攻略法」を見つけ出した。(取材 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)  ――28日は春季岩手県大会の盛岡地区代表決定戦が行われ、9―0の8回コールド勝利で県大会進出を決めた。  「勝つことはできましたが、正直なところ、前半にもう少し点を取れたはずだ、という思いが強いです。例えば1死三塁の場面で走者を還せなかった。かと思えば、2死から3連打で1点を取る粘りも見せる。選手たちには試合後に“なぜもっと楽な場面で取れないのか。その攻撃は高いレベルの投手相手でも通用しただろうか”という問いかけをしました。夏の甲子園という目標を口にする以上、細かなプレーや“詰め”にこだわらないといけないと伝えました」  ――選手には常に甲子園基準を求めている。  「その通りです。“今のバントはもし、ピッチャーが花巻東の萬谷君だったらアウトだったんじゃないか”というように、常に自分たちより高いレベルを基準にしてプレーの価値を判断してほしいと思っています。この世代のチームは一冬を越えて、ようやく戦える集団になってきたという手応えがあります。去年の秋は本当に勝負弱くて、序盤に点を取られるとすぐにひるむチームでした。実際に秋の大会では一関学院さんに初回と2回で5点を奪われ、エースが後続をゼロに抑えたものの、反撃は1点のみ。結局、そのまま1対5で敗れてしまいました。それではいけないと冬の間、甲子園で逆転劇を演じた先輩たちの映像を何度も見せながら“俺たちも打つチームを目指さなきゃダメなんだ”という意識を植え付けてきました。その成果は練習試合で形になりつつありますが、公式戦特有の空気や緊張感の中で、いかに勝負強さを発揮できるか。これからの試合を通じて経験を積み重ねていくことが重要だと考えています」  ――24年春に低反発の新基準バットが導入。打ち勝つ野球だった盛岡大付にとっては逆風だった。  「はい。かなり悩みました。新基準バットは本当に飛ばないので“これはもう守備を固めて投手力で勝つ野球に切り替えるべきか”と考えた時期もありました。以前のチームならば簡単に外野フライで1点を取ることができた場面で、力のない浅いフライになってしまう。それを見て“やはりスクイズや細かい作戦が必要なのかな…”と。自分の理想とする野球と、現実との間で2年ほど迷いが生じていましたね」  ――迷った末の結論は。  「結論から言うと“もう一度、低反発ではない時代の打力に近づける”という方針に決めました。そして最近、この新基準バットには明確な“攻略法”があることに気づいたんです。きっかけは選手たちの変化でした。どんなにパワーがあっても、このバットになった途端に打てなくなる選手がいる一方で、むしろ非力だと思っていた選手がこのバットで驚くほど飛ばすことがある。中には前のバットより飛距離が出ているんじゃないか、と感じる選手もいたんです。彼らをじっくり観察する中で答えが見えてきました」  ――その答えとは。全部は明かせないと思うので、企業秘密の一部を教えてください。  「このバットはただ当てるだけでは飛びません。重要なのはボールに対するバットの“入射角”、そしていかにボールとの“接着時間”を長くするかにあります。この仮説にたどり着いたのが去年の暮れです。この冬、その理論を信じてチームで試してみたところ、見事にハマった感覚があります。今年の3年生は例年に比べて体が大きいわけではありませんが、春先からホームランが続出していて“あれ、新基準バットってこんなに飛ぶんだっけ?”と私自身が驚いているくらいです。ある程度の力を持った選手がこの技術をマスターすれば、前の金属バットと同じくらい打てるのではないか、という手応えを感じています」  ――スモールベースボールではなく、打ち勝つ野球で甲子園を目指す。  「その通りです。周りがそうだからこそ、我々は打ち勝つ野球で突き抜けたい。“あのチーム、前のバットを使っているんじゃないか?”と相手に思わせるくらいのチームをつくりたい。もう一度、チーム全体で打撃に目覚めたいと思っています」  ――その道を突き進む上で花巻東というライバルの存在は大きい。  「もちろんです。花巻東さんは菊池雄星(エンゼルス)君の時代から我々の力を常に引き上げてくれた特別な存在です。当時は“菊池を倒すために何をすべきか”を考え抜き、そして大谷翔平ドジャース)君が出てきた時は“大谷を打つためにどうすればいいか”を徹底的に考えさせられました。彼の存在は、我々のチーム方針を大きく転換させるきっかけにさえなったんです」  ――大谷選手の存在がチームを変えた。  「はい。それまでのウチはどちらかと言えば守備を第一に考えていました。しかし“守り合いをして、あのレベルの投手に勝てるのか?”という根本的な問いにぶつかったのです。大谷君からヒットを3本続けて点を取るなんて現実的ではない。そこで至った結論が“長打2本で1点”、あるいは“ホームランで1点”という発想でした。シングルヒットでランナーを出して送りバント、というセオリーでは彼がギアを上げたらまず点は取れない。ツーアウトからでも長打2本で1点を奪う。それくらいの打力が必要だと。大谷選手の3年夏の決勝戦(5―3で勝利)ではその方針が得点に結びつきました。後の佐々木朗希(ドジャース)君と対戦した時も、長打を絡めて勝利しています。甲子園の好投手を打ち崩すにはやはり長打が不可欠。その信念は今も変わりません。もう一度、あのレベルの打撃力を、今のチームで実現したいんです」


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