Jan 3, 2019

激闘の記録 古川ー東北 (2)(昭和61年)


古川ー東北(昭和61年)その1は、

https://furuko-baseball.blogspot.com/2010/12/blog-post.html



昭和61年、第68回全国高校野球選手権宮城大会4回戦 
古川4ー5x東北。

古川 102 000 001   |4

東北 100 000 004x |5


3回表、1死より1番青沼選手死球、2死2塁となって再び3番千坂選手を迎える


貴重な当時の男子校っぽい応援風景 蛍雪健児古高の〜



先発の伊藤投手は、ゆったりとしたフォームからコーナーをつき、バックも堅い守備で盛り立てる。東北1番の遠藤選手には3塁打を打たれるも後続を抑える
(この東北の遠藤選手、何気に凄い走塁(脚力)をみせている。初回にも先頭で内野安打を許し1点を与えている。この俊足の1番を出すまでに2アウト取っておいた守備がここで大きくものを言っている)。


そしてダイジェスト版



さてこの有名な東北戦であるが、1-1 に追いつかれて後、3回表、千坂選手の三塁打、千葉選手の二塁打で再び東北を2点リードする展開になった。古高先発の伊藤投手は、丁寧にコーナーをコントロール良くつく高校生の見本のような投球で東北打線に隙を与えない。最速何キロが重要なのではない。緩急をつけてコーナーをつけば高校生はそう簡単に打てない。試合は9回まで進んで、9回表、二年生大場選手にもヒットが出てさらに1点突き放す。ところが、である。意地の東北も簡単に土俵を割るわけにも行かず、四球と2本のレフトオーバーのタイムリーなどで1点差に迫る。さらに中前打で古高、投手1年生寺崎投手に交代(1年生でこの胃のキリキリ痛む場面のしかも相手が「東北」である)。「1年?誰だそいつ」と味方からも野次が聞こえたそうだが、突然の登板通告に物怖じせず、寺崎投手次打者を三振に取るも安打、四球で2死満塁。打者橋本(翌年の優勝投手)の低い打球がセカンドを強襲、ボールは後方に大きくそれて、2塁からもランナーが帰ってサヨナラ負け。悔やんでも悔やみきれない敗戦となった。この年は、古川工業、古川商業ともすでにベスト8に進んでおり、古高勝てば古川3校準々決勝進出の快挙だった。(一部、詳細に記憶違いがありましたらご指摘願います)







2 comments:

  1. VHSビデオが各家庭に普及し始めたくらいの33年前の映像をお持ちだったとは素晴らしいです。
    「しかしこの大会とんでもない奴が現れました。9打席連続ヒット。」の実況を覚えています。
    まさかこの実況を33年経って再び聞くことが出来るとは。
    宮城球場、沼倉監督、蛍雪健児の応援、全てが懐かしいです。
    ありがとうございます。

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    1. コメントありがとうございます。KHB石井慎二アナウンサーですね。「打ってった~」ってのも名文句ですが、古高の試合は彼が担当することが多かったですなぜか。もう一人、二人実況担当いたと思いますが。

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