行くぞ甲子園


(Please wait for a while. It may take a few moments to show gallery on your device)

31 December 2018

星合愛人と古高校歌 2

星合愛人著作集6、「心の影」昭和5年 台北文明堂書店 刊行。


これは総ページ数40弱の小さい詩集であるが、後半は前書きにある通りに俳句や漢詩が収められている。星合愛人氏が台湾総督府職員になって内地を離れたのは当ブログ「古川高校の歴史」に書いたのでそちらを参照されたい。
https://furuko-baseball.blogspot.com/p/blog-page_13.html

前書きをそのまま掲載する。それによれば青少年時の大方の習作は破棄してしまって、今はないものの幾つか残存せるものの中から出色のもののみ抜粋して詩集を編むと。萩畔子というのは星合氏の雅号である。別の本では星合萩畔(しゅうはん)と名乗っており、どのような使い分けをしていたのかは知ることもできない。東門というのは台北の中心地の地名。台湾に移住してから
萩畔子と名乗るようになった可能性もある。(おそらくではあるが、孔子、老子、荘子、などを真似てか、その地で尊敬を受けて渡台したのち萩畔子と名乗るようになったのではないか。孔子などの"子"には他からの尊敬の意味が込められている)








奥付において、確かにこれが星合愛人氏の作品であると確認される。出版は台湾文明堂書店である。



その巻頭の詩が、「山上に立ちて」。この詩集は作製年順に詩が並んでおり、年月日も記載

されている。しかし「山上に立ちて」は作詩日の記載がない。この「山上に立ちて」の次の詩が明治44年秋、作となっている。明治44年は1911年であるから「山上に立ちて」の作詩はそれよりも前と見るのが普通で、明治43年、1910年制定の宮城県第三中学校歌制作前後の作ではなかろうかと推察している。

というのは、この詩は疑いなく古高校歌を作詞した人物の作であろうと納得させるいくつかの詩中の作者の共通した個性が現れているからである。それらを赤字で示した。また、原文のルビ(ふりがな)も忠実にそのまま再現した。ただし、*数字は、私が独自に注釈をつけた。

それにしても、この「山上に立ちて」は作者青年期の作品だろうが、たいへんな力作である。方々に仏教、キリスト教いずれの影響も見られる。大変な博識と、豊富な語彙量にささえられた彼の作品は、一介の教師の作という範疇を超えている。国語と英語の教諭だったそうだが、授業を受けた生徒はさぞ感銘を受けただろうと予想される。

詩の内容は、世に倦んだのであろうか、船形登山に行った作者が八月の夜明け方嵐に出会った。眼下に眺める人間社会と嵐の巻き起こす自然の威力を比較して何かを悟ったというような内容だ。彼の一貫した主張、希望や理想が大海に流れるという原型をこの詩に見ることができる。また、古高校歌に見られるように、嵐をやどす」山がここでも登場し、嵐は天からの使い、天使であるいう思想をみることができる。

そのような観点から改めて、星合愛人教諭が宮城県第三中学の校歌を作詞する際にどのような実体験を持っていたのかを知ったうえで校歌の詩を吟味してみると、また違う感慨をもたらすだろうと予想される。


山上に立ちて

萩畔子


人里遠くはなれきて 山路半ばに佇めば、
右にそばたつ(かべ)高く 左に沈む谿(たに)深み
かれとこれとの(かひ)*1細う 仰げば空に懸る(はし)

神代ながらの楢林2、行く人絶えし森かげを
歩みたゆげにわれはしも 思ひに、耽りのぼりゆく。

つかれし身ゆゑそよ風の 美漿3を酌めば酔ひ心地、
今さゝえたる細杖に 身をもたせては仰ぎ見る。

()(ちゃう)4をひく夕雲の 次第にくろむみ空より
わが目にきらふもやのかげ、縹渺5として草も木も
淡くかすかに消えゆけば、宛ら6煙る天地(あめつち)や。

煙に迷ひ霧に入る わが身は仙7か羽軽く
たゞよふ如く天外に 飛ぶにも似たるわがおもひ、

大地の上に身を投げて 驚喜の瞳こらしつゝ
空寂(くうじゃく)(きやう)に眺め入る、自然の活画前にあり、

雲よりかゝる白龍8の 霧と珠とを吐くところ、
あられと雪とを呼ぶところ、狂ふ嵐の布長く
引きてはひらく泡沫(あわ)の花、散りて緑の虹に浮く。


四十餘丈9の白刃に、天地をたてに裂きすてゝ
悠々大虚10の胸に入る、ああ/\造化11のたくみ。

風漸う*12に黒うして 闇はよも*13より寄せて来ぬ、
仰げば淡き星一つ、おのがゆくてを導くか。

小百合(さゆり)にやどる露のたま、旭の影に照れるとき
その清浄(しゃうじゃう)を思ひては 胸に飾らんわが願望(ねがひ)

(よる)のとばりの垂れしとき、その露の珠空に照り
輝きわたる光こそわが渇仰*14の星のかげ。

げに世の子等の閨*15にゆき、まどか*16の夢を結ぶとき、
ゑめる*17ねがほをのぞくべく、み空の窓をそとあくる

女神(めがみ)に似たる星のかげ、ああ/\自然のたくみ。

ながめ靜けき山の()は、み空の雲もおもしろう
淋しきいろにつゝまれて、太古の如く夜はあけぬ。

越えゆきゆけば又更に 危き雲の細路より、
(かれ)に聳えて裂くる(いは)(これ)に陥る阿鼻の獄*18

巌が根傳ふわが足に 崩れてかゝる土塊(つちくれ)を、
王者の如くふみしめて、嵐のなかにたてりけり。
俯せばうつくし「碧くすむ鏡が池の水の上に白き鳥浮く八月の朝」

わが足もとにもだせる*19は 利を追ふ人の社會なり、
見よ小きは人の海、走る塵の子かげもなし。

神の怒の洪水に、此世の罪のぬぐはれし
日の静寂(せいじゃく)を見るごとく 下界は廣く空たかき、

雲井20遥かにたてる身も、いつかは塵にかへるべき
運命(さだめ)をつゝむ人の子の なやみは同じ思ひなり。

げに誰れ人も空高う (あめ)(さかひ)に入らんとき、
めぢのかぎりにひろと、秀麗の氣21のみなぎれる
光の世界、美の世界、わがあしもとにひろがれど、

あゝわが友よ、この下に 戦闘絶えぬ罪の子の
偽善、兇悪、忘恩の 社會のあるを君見ずや。

あゝわが友よ、この下に 陥穽おほき塵の子の
姦淫、嫉妬、冒瀆の 世間のあるを君見ずや。

わが足もとに、今も猶 詛ひ22の火もてやかるべき
虚栄の(ちまた)、不夜の(しろ)、此世を罪におしいるゝ
幾千(いくち)のソドム、ゴモラ23あり アベルを殺すカイン24あり、
走尸行肉25徒ら26に 法網の(ひま)をくゞりゆく。

凡ての罪とけがれとの わが足もとにみちたりと
おもへば耻27にたへざるを、げにあさましき人のわざ。

黙想しばしわれはしも 今清浄(しゃうじゃう)の目をひらき
みわたすはては廣野原(ひろのはら)、壮大の影、平等(びゃうどう)の姿。

凡ての子等よ滅びよと、 天帝ひとたび呼はゝらば、
混沌の世にかへるべき 此世の榮華何ならむ。

心もさむく身もさむく 憂を今はたへかねて、
思はず冷ゆる胸の()に、組むわが腕の重きかな。

嵐をはらむ船形の 千古をたかきいたゞきに、
雲は大鵬28のかげひろく 萬里の空に浪あげて、
夕は南海の遠きあなた29、 旦30は奥羽の嶺の上。

晴嵐3澄めば空高う あるは玲瓏32のかげをはらみ
あるは光耀33の綾を疊む、嵐よとはに千古をかたれ、
あはれ今こゝに、

笑まば萬朶の花雲を 運ぶもかろき嵐さへ
怒らば天潯34に浪あげて、我世を闇となすもやすし。

嵐よ、(なれ)は自由の身、小き人の海の()
はなれて高く雲路をば 南冥35に走り、北冥に飛ぶ、
(なれ)より強きものありや、(なれ)より大なるものありや、
さばれ36強く大なる(なれ)を 東に西に驅る37
大能38のみ手こゝにあり。

人の命は朝の露、夕をまたぬかぎろひの
はかなく消ゆと云ふ勿れ、劫初この方湧き出でゝ、
水や空なる生命(せいめい)の 大海原(おおうなばら)に注ぎ入り
宇宙の島をめぐりなば、わが生命(せいめい)も偉39ならずや。

われ船形の山頂に立ちて 今人生の謎を解きにけり、
一切のおのが迷ひは、消え去りてあとなくなりぬ。
わが胸は落々40たるかな、わが(おもひ)悠々たるかな、
昔あり、今あり、後ある永劫の生命(いのち)のなかに
われは生く、うれしいかなや。

嵐は天の使、世の人に神のさとしを、
旦にも夕にも啓く、人知らぬ何處(いづこ)のはてにも
(れい)はあり、わが靈はあり、光明は胸に輝き
前途(ゆくて)をば普く4てらす、偉なるかなそのみ力よ、
()むべきかな、あはれそのみ(たま)



注釈

(かひ)*1 かい。山と山とのあいだ
神代ながらの楢林2  関係ない話だが、昔、船形山のブナ原生林の話を延々とする生物の先生がいた。あだ名はミトコンだった。今でいう「都市伝説」であろうが、「私とブナとどっちが大事か」と妻に聞かれ「ブナ。」と一言答えたことが離婚の引き金になったという。
美漿3 漿しょうは水分のこと。
(ちゃう)4 夜のとばり。帳をひくーとばりがおりる。
縹渺5 ひょうぼう。広くはてしないさま。
宛ら6 さながら。まるで。
7 仙人。山にはいって不老不死の術を得た人。
白龍8 天上界の皇帝である天帝に仕えている龍
四十餘丈9 1は約3.0303メートル = 3030.3 mm
大虚10 おおぞら。 虚空(こくう)
造化11 造物主によってつくられたもの。自然。「造化の妙」
漸う*12 ようよう。しだいに。ようやく
よも*13 四方。
 渇仰*14 かつごう。深く仏を信じること。心からあこがれ慕うこと。
*15 ねや。寝室。
まどか*16 円か。おだやか。
ゑめる*17 笑める。
阿鼻の獄*18 阿鼻地獄。無間地獄。
もだせる*19 黙す。
雲井20 大空。
秀麗の氣21 自然のすぐれた美しさ。
詛ひ22 のろい。
ソドム、ゴモラ23 旧約聖書の『創世記19章に登場する都市。天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされ、後代の預言者たちが言及している部分では、例外なくヤハウェの裁きによる滅びの象徴として用いられている。また、悪徳や頽廃の代名詞としても知られる。(wikipedia)
アベルを殺すカイン24 カインとアベルは、旧約聖書創世記』第4章に登場する兄弟のことアダムとイヴの息子たちで兄がカイン、弟がアベルである。人類最初の殺人の加害者・被害者とされている。(wikipedia)
走尸行肉25 そうしこうにく。生きていても役に立たない人。
徒ら26 いたずら。無駄に。
27 はじ。恥。
大鵬28  中国に伝わる伝説鳳。
あなた29 彼方
30 たん。朝。
晴嵐31 せいらん。晴れた日に山にかかるかすみ。吹く山風。
玲瓏32 れいろう。玉などが透き通るように美しいさま。
光耀33 こうよう。光り輝くこと。また、そのもの。
天潯34 てんじん。潯は水をたたえたふち。
南冥35 南方の大海。
さばれ36 ともかくも。しかし。
驅る37 かる。駆ける。追い立てる。
大能38 神の力。
39 おおい。偉大。
落々40 心が広く小事こだわらないさま。
普く41 あまねく。すみずみまで。


*筆者は詩が一つの趣味ということもあり、独自に星合愛人教諭について、何の確証もなく現在web上で入手できる情報と、個人的に蒐集した文献により調べています。もし誤解や、何かほかに情報がありましたらお寄せいただきますと大変幸いです。



No comments:

Post a Comment