*この古川高校野球部も少子化の波に呑まれようとしている時世に、着実に全国に名を売り部員増に成功している高校がある。何を隠そう近隣の加美農だ。あのハンカチ王子、斎藤佑樹氏も訪れているのだからただごとではない。今や全国に注目されている。
ここは古高は襟を正して、真摯に加美農に教えを請うべきだ。加美農・佐伯監督が実践した部員を増やした5つの方法として以下の項目を挙げている。
1. 高校野球における固定概念の見直し(「とにかく走れ」などの不明瞭な指示をやめる)
2. 未経験者にも野球の楽しさを伝える(野球道具の無料貸し出しも行う)
3. 学校、保護者、地域のファンづくり(除雪作業のボランティアなど)
4. 部員募集PRとSNSを使った情報発信(インスタグラムを開設、運営)
5. 人に頼る(強豪校も巻き込む)
筆者が個人的に共感するのは、3、4、5だ。今や積極的に情報を発信できるのだから、これを使わない手はない。受け入れる側も、ただ待ってるだけで部員が集まる時代は終焉を迎えたのである。なぜなら、少子化という現実があって、その中で部員を確保するのが難しい「厳然たる事実」があるのだ。自然の流れに従えば、部員は集まらないということになる。では自然ではない方法とは何か?
受け入れる側の良さを積極的にアピールすることだ。それが4、そして5だ。古高は、最早要らぬ田舎のプライドみたいなものを捨てて、加美農の戦略を学び、人に頼って、人を巻き込んで大いに盛り上げていくべきである。一番良くないのは自然に任せてこれまで通り何もしないことだ。現場の責任者だけではやれることに限界があるので、古高野球部の存続を願うならば、3、OB、関係者、保護者、大いに皆巻き込んで、積極的に古高野球部をアピールして盛り上げていきたいところである。
野球人口の減少が進む今、宮城の過疎地にありながら部員を大幅に増やした高校がある。全校生徒数も減り、この7年間は公式戦も未勝利。「一体どんな魔法を?」。加美農業高校のナゾに迫った。【全3回の1回目】
甲子園大会に熱狂しながら、ふと考えさせられることがある。「全国には部員不足の野球部が増え続けている。これからの高校野球はどうなっていくのか」と。その答えを探しに、筆者は宮城県の加美郡に目を向けた。
仙台から車で約1時間、宮城県立加美(かみ)農業高校だ。宮城県の中でも特に少子高齢化が進む地域で、加美郡の人口密度は仙台市の30分の1にあたる47人╱㎢しかない。創立120年超えの加美農は、近年は全校生徒数とともに野球部員も減少。2017年にはわずか2人に。しかし7年前、この学校に赴任してきた佐伯友也(ゆうや)監督が長い歳月をかけて、部員を26人にまで増やしていった。周囲から「一体どんな魔法をかけたんだ?」と驚かれるその手法とは何なのか。
「初めて“メンバー外”が出ちゃった…」
「う、うそでしょ?」
1枚の集合写真に筆者が驚いたのは、これから夏の地方大会が始まろうとしている今年6月のことだった。
加美農のホームページに写っている野球部の選手を数えると、20人を超えているのだ。急いで佐伯友也監督に電話をかけると、感慨深い口調で話した。
「マネージャー1名を入れると26人です。加美農に来て初めてメンバー外が出ちゃったんですよ」
佐伯監督と出会った7年前。加美農は部員2人のチームだった。それがこの夏、メンバー20人、控え選手5人、女子マネージャー1名で宮城大会を戦うという。宮城の平均部員数が31.1人ということを考えると、堂々とした単独チームだ。高校から野球を始めた選手は3人。そのうちの1人、3年生の佐藤永遠(とわ)選手はスタメン出場する予定。本人のテーマは「最強の初心者」だ。
「永遠は中学時代、卓球部でした。ここ最近、練習試合でランニングホームランを打ったり、スクイズを決めたりと結果を出したんですよ。後輩たちに『俺にもできるんじゃないか』と思わせてくれる貴重な戦力です」
部員わずか2人「おれの腕の見せ所」
佐伯友也監督。全国的にはまだまだ無名の高校野球指導者だが、少人数野球部界の中では知る人ぞ知る存在になっている。
1987年、宮城県名取市生まれ。宮城農業高校から高校野球の指導者を目指して北海道・酪農学園大に入学。準硬式野球部を立ち上げ主将として3部から1部リーグに押し上げた。2017年、加美農に赴任し2019年に監督に。単独チームでの公式戦出場にこだわり、粘り強い努力で部員を増やし続けている。選手勧誘の決めゼリフは「野球やろうぜ、野球で未来を変えてみないか」。8月9日「ヤキュウの日」で37歳になった。
就任当時の光景は今も脳裏に焼き付いている。バックネット付きの広大な専用グラウンドに部員は2人。一緒に草むしり、石拾い、フェンスの修繕からスタートした。
そもそもなぜ2人に減ってしまったのか? 活動を怠けていたわけではない。生徒減少の流れに抗えず、自然に減ってしまっただけなのだ。佐伯監督が通ってきた高校野球の道とは全く違う景色。「これは自分の指導力が問われるな。おれの腕の見せ所だぞ」と、やる気に火が付いた。日々の練習に付き添いながら彼らの成長度に集中し、見逃しそうな小さな成功を一緒に喜ぶ。時には“出稽古”にも行った。親交の深かった我妻敏監督(当時)の計らいで東北高校と合同練習をしたこともあった。力の差はとてつもなく大きいが、グラウンドの中では平等だった。「いいチーム作ってるね。がんばれよ」と声をかけられるたびに、微かな光が見いだせた。
悩む生徒に「一緒に野球やろうぜ」
加美農の生徒の中には、中学時代につまずいた経験がある生徒や、感情のコントロールが苦手な生徒など、様々な背景を持つ生徒がいた。「グラウンドよりも生徒指導室にいる時間の方が長かったように思います」。生徒の約半数が生活する寄宿舎の寮監も初めて経験。徐々に彼ら彼女らの心の声を理解できるようにもなっていった。
「この学校は自己肯定感が低い子が多い。成功体験の数が圧倒的に少ないんだろうな」。孤立や社会的プレッシャーが引き起こす、心の影を感じていた。
「がんばりたいけど、がんばりかたがわからない子が多い。子どもたちがこうなったのは、関わってきた大人の責任もあるんです。人生って、出会う人の縁で変わるじゃないですか。だったら子どもたちに一緒に野球やろうぜ、野球で自分の人生を変えてみようぜって声をかけたくなったんですよね」
2019年に監督になると、本格的な部員集めに乗り出した。部員募集のチラシを新入生に配り「体験に来ないか?」と声をかけて回った。オープンキャンパスで来校した中学生にも「待ってるぞ!」と猛ラブコール。のちに選手から「あの言葉にやられたよなー!」「レギュラーにしてくれるって言ってたのになぁ」などの小言を言われることになる「盛り盛り」のPR作戦を行い、結果は良好。2020年には10人となり念願の「連合チーム脱却」を果たし、そこから4年間、春夏秋すべての大会を単独チームで出場している。
【加美農の部員数(全校生徒数)】
2017年 2人(221人)
2018年 4人(223人)
2019年 6人(221人)
2020年 10人(215人)
2021年 16人(183人)
2022年 20人(161人)
2023年 22人(136人)
2024年 26人(140人)
部員を増やした「5つの方法」
チームは3年連続の20人超え。佐伯監督に単独チームにこだわる理由を聞くと「毎日一緒に練習できる、学校の誇りが芽生えるからです。連合チームの良さもありますが、それはあくまでも救済策でありたい」と言う。公式戦での勝利はまだないが、勝っていないのに部員が増え続けるチームは全国でも珍しいのではないだろうか。7年間で実践した佐伯監督のマインドセットは5つにまとめられる。
1. 高校野球における固定概念の見直し(「とにかく走れ」などの不明瞭な指示をやめる)
2. 未経験者にも野球の楽しさを伝える(野球道具の無料貸し出しも行う)
3. 学校、保護者、地域のファンづくり(除雪作業のボランティアなど)
4. 部員募集PRとSNSを使った情報発信(インスタグラムを開設、運営)
5. 人に頼る(強豪校も巻き込む)
特筆すべきは2と5だろう。未経験者の受け入れは2020年からはじめた。今年の選手25人のうち野球初心者は7人。3年生1人、2年生2人、1年生4人……と年々増えている。能力の高い選手を迎えることは簡単だが、その逆は難しい。指導する時間もかかるし、ケガの心配があるからだ。佐伯監督も「最初は左利きの選手が右利きのグローブをはめていたこともありました」と笑う。しかし、時に厳しく、されど愛情をもって接すると選手はみるみる伸び、前述の佐藤永遠選手のようにホームランを打つまでに成長するという。初心者のために、貸し出し自由の野球道具もそろえている。
そしてもう一つ。加美農を異質たらしめているのは、「時に図々しく人に頼る」という佐伯監督の考え。前出の我妻氏は言う。「アイツ、最初アポなしで学校に来たんですよ。雨の日に室内練習場に部員2人と立っていて『合同練習お願いしまーす』って。顔は自信満々なんですけど、能力差的に危ないじゃないですか」。しかし、だ。フライもうまく捕れない加美農の選手たちに、東北高の選手たちが手とり足とり教えてあげたというのだ。「結果的にウチの選手たちにも勉強になった。なんだかんだ最後はいい話で終わるのがアイツのずるいところなんですよ」と笑う。甲子園塾のつながりで知り合った松山商・大野康哉監督の懐にも飛び込んでいき、自宅に招いてもらった。年上だろうが、名将だろうが、図々しさと愛嬌の絶妙なバランスで接近し、いつのまにか相手の心を掴んでしまう。もちろん恩は胸に刻み、お礼は絶対に忘れない。人の縁は強大だからだ。
佐伯友也という男
佐伯監督と話していてつくづく思う。「監督としてこうでなければいけない」という自尊心は、時に指導の妨げとなる。たとえば格上のチームに練習試合を申し込むとき「断られたら…」「大敗したら…」という羞恥心は誰にでもある。しかし佐伯監督は好奇心の方が勝るという。かつて仙台育英に試合を申し込み、70点以上の差をつけられる大敗もあったが、それもすべて「選手の思い出のため」とポジティブに変換してきた。メディアが注目していた高3の佐々木朗希投手(千葉ロッテ)を擁する大船渡にも「ぜひKAMINOスタジアム(加美農の野球グラウンド)で試合をしましょう」と國保陽平監督(現・盛岡一副部長)に申し込み、実現した。佐々木投手が予定外の登板をしたため加美農グラウンドが騒然としたという。
佐伯監督は、気が滅入りそうな現実を前にしても、「腕の見せ所」精神で出会う人の心を次々とつかんでいった。この魔力的なポジティブマインドに触れたくて、全国からいろいろな野球指導者が集まり、若手指導者のネットワークが誕生したのだ。
急接近で人に近づくくせに、教え子にはじっくり時間をかけて成長を待つ。農学には「発芽の3大要素」という言葉がある。「温度」「酸素」「水」の3つの要素があれば、どんな種でも発芽するという法則だ。成長期の中にいる高校生の発達速度も必ずしも同じではない。教員は種を蒔いたあと、じっと待ち、適した声掛けをして、根気よく“発芽”を待つことが重要だ。そこにプライドや、羞恥心は必要ない。〈つづく〉
以下はNumber Webで。
斎藤佑樹「未来へのメッセージ」 加美農(宮城)
https://sports.yahoo.co.jp/video/player/10111575
加美農、東北、野球教室
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