26 January 2019

みなに愛される野球部に 




1月26日 毎日新聞朝刊

*悲劇の「古高野球部ファン」急増中。わたしの周りでも、あらたに3人がファンを宣言した。USAで3人だぞ。今やグローバルな母校古高である。ちなみにアメリカにいる日本人だけど。他のセンバツ出場高でもなかなか海外でファン獲得は難しいだろう。 

センバツ選考は、「お見合い」みたいな要素がある。選ばれなかったからといって、悲観することはない。他の選考委員なら選ばれていた可能性もある。お見合いでいちいちダメだったからと涙したんじゃ身がもたぬ。大事なのは、次に行くことだ。次だ次。


ぜひ、大崎のまちを走ったら「古高がんばれ!」と言ってもらえる野球部になることです。地域密着とか、地域への貢献というが、それはなにもあからさまに何かを宣言したり、ボランティアをやるだけではないと思う。長い歴史の「目に見えない貢献」というものもあるのです。長い間、古高野球部の監督をつとめられた沼倉先生が新聞で紹介されています。お元気そうでなによりです。先生がおっしゃっているように、まだ夏、チャンスある!


君ら「強豪と互角の戦いをした」のではなく、「野球の名門かつ甲子園準優勝校に勝っている」のだ。自信を持て。仙台育英には派手に負けたが、東北は仙台育英に勝っているのである。はなばなしく負けるときはコールドで負けるのは古高の伝統、お家芸といってもいい。そんなのは野球を知らない気にしたい奴だけ気にさせとけ。


そういや昨日は宗さん(さとう宗幸先輩)の誕生日だったとか。いい知らせでなくて残念です。私の好きな「萌ゆる想い」をここにあげておきます。昔仙八先生のスタートの時、親父(古高卒 故人)がレコードプレゼントに応募して当選しました。





<センバツ>古川・茂泉監督「夏こそ自力で」(河北新報)



https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201901/20190126_14015.html
選抜大会出場を逃し、野球部OB(左)に励まされる古川高野球部の茂泉監督=大崎市の古川高

選抜大会出場を逃し、野球部OB(左)に励まされる古川高野球部の茂泉監督=大崎市の古川高

 古川高野球部は昨春からOBの茂泉公己監督(44)が指揮を執ってきた。就任1年目で母校悲願の甲子園出場はならなかったが、「夏こそ自力で勝ち取る」と再起を誓った。
 午後3時すぎ、部員と共に金和宏校長から落選の知らせを聞いた。「最後のあと一歩が遠い」。駆け付けたOBらと話すうちに、涙をこらえ切れなくなった。
 指導者を志したのは27年前にさかのぼる。1992年7月、高校3年で迎えた夏の宮城大会2回戦。ベンチから仲間の逆転を祈るも、白石高に5-9で敗れた。悔しさとともに「後輩たちには力を出し切ってもらいたい」という思いがこみ上げ、指導者の道を目指すことを決意した。
 大学卒業後に県の英語教員となり、教壇に立ちながら野球指導に当たった。2014年は佐沼高を率いて夏の宮城大会で決勝まで進んだものの、利府高に1点差で屈し、あと一歩で甲子園出場を逃している。
 昨秋は母校を57年ぶりの東北大会に導き、粘り強い戦いぶりで4強入り。21世紀枠出場校の有力候補に挙げられたが、またしても聖地は遠かった。
 「最後の一歩は並大抵の努力では埋められない」。改めて道のりの険しさを感じたという。「みんな敗戦や失敗をエネルギーに変えて成長してきた。今の悔しい気持ちを、前に進むエネルギーに変えよう」と選手を励ました。


*Failure is the mother of success!
私はこの落選は古高野球部に火をつけたと思う。これから、この悔しさに泣きながら練習するその一つ一つのプレーが、どれだけ選手を成長させるか分からない。そしてそのひたむきなプレーが、また応援する人々を呼び、ついに球場は古高野球部ファンで溢れかえるであろう。地元の雰囲気が、これから新しい「常に甲子園を目指す」古高野球部を作って行ってくれると思う。頑張れ茂泉監督!!











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