9回の裏、サヨナラ本塁打を喫した相沢投手
*この年の佐沼との再試合は、いずれ機会を見てまたこのブログに書いてみたいと思うが、今回は、最後のサヨナラホームランだけを取り上げる。
このサヨナラ本塁打を筆者は球場で見ていた。いまだにその快音と喪失感が脳裏に蘇る。物凄い当たりで、古川・相沢滋投手の夢を打ち砕くのに十分だった。
相沢投手の2年時の活躍は目を瞠るものがあった。春季大崎リーグ戦からデビューし、打者を圧倒する投球、春季県大会古高はその年甲子園準優勝の大越投手擁する仙台育英に10−3で敗れたが、エースが打ち込まれた後に登板した2年の相沢は、クリーンナップを連続三振に取るなど中盤を0行進と強力打線を抑えていった。新チームになって、秋季県大会では仙台育英を破り、準決勝で東陵に0−1で惜しくも敗れた。しかしその後、宮城代表として明治神宮大会で優勝した東北高校とともに、台湾遠征選抜に選ばれた。
どういう訳か3年時の彼は不調だった。球速に2年時のような伸びが感じられない。春の県大会でも仙台工業に打ち込まれ、迎えたこの最後の夏の初戦が、2年連続の佐沼高校だった。
この試合は、雨でノーゲームになった前日の再試合である。突然照りつけた日差しの為に、連投の相沢投手の体力も握力も限界に近づいていた。
最後のボールは、球威の無い真ん中高めの棒球、絶好球となった。佐沼の4番、高橋選手の上段に構えたバット一閃、何かが破裂したような強烈な金属音が球場に鳴り響いた。サヨナラホームラン。今この古い映像でみても、その当時の快音が伝わって来るのではないかと思うほどの、物凄い当たりだった。
その後東北学院大学、社会人野球77銀行で長らくエースで活躍した相沢投手、練習試合では他県の甲子園代表校を抑え込むほどの実力だったが、この夏は県大会初戦で散ったのである。
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