行くぞ甲子園


(Please wait for a while. It may take a few moments to show gallery on your device)

13 November 2012

田村孝行様より 11/12/12


*田村健太選手の父上様よりご縁がありまして連絡をいただき、今季夏の大会前に古高野球部に寄せた激励の文章をいただきました。御好意により、ここに全文を掲載させていただきます。




                         平成24年7月12日
宮城県古川高校 
藤倉先生殿 佐々木先生殿
硬式野球部各位

拝啓、過日は鈴木校長先生はじめ藤倉先生・佐々木先生また野球部皆様の卒業生へ対して温かいご配慮に心より深謝申し上げます。
下名も古川高校に憧れ入学し文武両道・質実剛健の精神を学び昭和54年卒業の時は図南歌の最後の歌詞に「鉄腕熱血生気みち学びの校舎巣立つ時 あ、猛者の眼につゆ宿る」
とありますが、日々今が有る事は古高で学んだ伝統の中から頂いていると感じ図南歌は自分自身の生きる勇気の応援歌と思い続けております。
その人生の中で、結婚をし男の子が生まれたらとにかく子供は古高へ入学し野球を文武両道の精神で甲子園を共に目指すと人生の中の一つの大きな目標としそこから得たものを様々な方へ感謝の気持ち込め社会に微力ではありますが息子と親子鷹で取り組んで行きたいと思い日々少しずつ歩いておりました。その息子が健太でした。大学時代も野球を続け銀行に入行後も時有れば野球しておりました。今回の震災にて行方不明になり健太の寮の部屋に入ると銀行の資格試験の勉強と野球の様々な本が山と積まれており、また自宅の健太の部屋には高校時代の他校の選手名を書き1人1人の配球など考えていたメモとか有り、野球・古高に関するものが多く有りました。今は健太のもの全て見る状況ではありません。しかし今回古高の皆様からの心温まるお声かけにより9年ぶりに古高の校舎また野球場へ足を踏み入れる事出来皆様のお陰にて少し前に進みかけております。そして10日の朝野球部諸君の姿を見なければ今後下名の目標を明確に宣言出来ないと思い名取市民球場へ足を向け皆様と同じ雰囲気を感じ同じ気持ちになりたかったのです。試合は惜敗でありましたが、本当にこれまでの皆様努力は素晴らしいものが有ります。1つ1つの言動の素晴らしさ感じました。今後も後輩諸君に繋がると確信します。久々に当時の健太の時代また卒業後後輩の試合と同じ緊張感また心の高ぶりを感じ今後健太また様々な先輩・後輩が甲子園を目指し汗や涙を流したグランドで下名微力ながら野球部の皆様また古高生のご支援出来る活動をして行く所存です。これも今回母校の皆様に頂いた健太と下名の第二の目標となりました。「夢・ありがとう」この言葉も健太の帽子に書いてあります。この言葉を大切に親として同窓として甲子園・古川高校の更なる発展へ「夢叶は叶えるもの」ゆっくり皆様の足で惑いにならぬ活動を模索し実行して参ります。取り留めの無い文で失礼しました。皆様に早々に感謝の気持ちだけお伝えしたくお送りさせて頂きます。改めてグランドで御礼致します。今後とも宜しくお願い致します。[ONE FOR ALL]本当にありがとうございました。

                   田村 健太   父 孝行
                                   敬具

藤倉先生殿・佐々木先生殿

本当にご多忙の中、ご配慮して頂きありがとうございます。今回、野球部の皆様の
ひた向きさを見て改めて何か心動かされるものありました。
健太の一番愛する野球を通じまた古高を通じ目標かかげ進む方向がより明確で
今まで行っていた事も継続しながら何か微力ながら自分自身また周囲の方に
良い影響が出るかもしれません。三年生の夏は終わりましたが今後とも彼らの素晴らしい夏は継続すると思います。自分にとっても印象に残る夏となりました。
今後の練習試合等日程開示して頂ければ幸いです。
時間を見てグランドに行かせて頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

                               田村拝


健太選手の実際に使用したミットと、彼のお墓に添える予定というミットの置物。




No comments:

Post a Comment