13 November 2012

田村孝行様より 2


古川高校野球部 皆様へ

                      田村 健太 父 孝行

 
平成24年度卒業の三年生の皆様には、特に夏の大会前に、突然震災で被災した先輩(健太)の話に接しどの様に受け止めたら良いのか戸惑わせ大変申し訳ございませんでした。また下級生の皆様にも同様だったと存じます。

しかし、皆様にはこの古川高校又古高野球部を誇りに心に思い続けていた、今は亡き健太を先輩として夏の大会のベンチにまで連れて頂き、本当に胸に余る嬉しさ誇りを健太と一緒に重く心に受け止めさせて頂き深謝申しあげます。
今後とも、健太そして私の母校 古高を応援しながら生きる力を得ながら日々「諦めず」人生を歩んで行きます。

 そして皆様にとっては、今は、何気ない毎日と思う時も時には有ると思います。しかし今は通過点です。野球も通過点、人生も通過点です。今、古高生活で様々な絆が生まれたはずです。その絆を永遠に繋ぎ続けひとりひとりの人生の歩みの糧として歩んでください。

 古川高校は、人生のスタートラインと言っても過言ではありません。母校で学んだ「質実剛健」の志は体に染みついています。互いに諦めず歩んで参りましょう。
 
ONE FOR ALL (一人一人がみんなのために)
     「夢をありがとう」・・・・・・・・健太

古川高校 野球部の歌
1. 立てよいざ立て我が友よ  戦わんかな時至る 
  正義の楯に赤熱の
  血潮たばしる我等がナイン

2. 彼に孫呉の術あらば
  我に竜虎の智勇あり  
  戦の庭の花吹雪
  散らさで敵を帰すべき

そして、いつかこのグランドで再会しましょう。有難うございました。


田村健太選手のユニフォーム







*古高グラウンドに来春、モニュメントを飾る予定があるという。また、年度毎の選手名簿をプレート化してグラウンドに掲げ、いつでもOBがグラウンドに戻って来て当時の自分を思い起こすことが出来るようにする計画とのこと。詳細が決まり次第またお伝えしようと思います。
田村選手が飼っていたという犬ココ。紫の花を見つめる

田村選手が持っていた凌雲

田村選手が持っていた応援手ぬぐい






              

2 comments:

Anonymous said...

77B/Kとは無縁のものです。震災で亡くなられたOBがいらしたとか・・・。心からお悔やみ申し上げます。
提訴する相手があって初めて提訴出来ることを考慮願います。
提訴したくとも会社その物が存在しない方々もたくさんおります。ましてや野球を愛してやまない方が、提訴するとは…。
想定外だったのです。提訴するよりも前向きに災害の対策を考える会でも作ってはいかがでしょうか?自然を相手に100パーセント防御する事は不可能でしょう。田村家だけが被害者ではありません。ただ悲しみをぶつける対象があり、感傷にひったっているように感じられました。2万人者犠牲者がいることを
忘れないでください。77が情報を開示し今後の防災の取り組みを地域と連携しマニュアル化すればそれで良いのではないでしょうか?子供の命はお金に換算出来ませんし77が津波を起こしたわけでもありません。被害者意識を捨ててはいかがでしょうか?あなた方ご夫妻が前向きに歩まれることを願っております。

shigeT said...

管理人より

匿名様
コメント投稿ありがとうございます。田村さんはきちんと前を向いていらっしゃいますよ。勿論、訴訟を起こしたくて起こしたのではありません。野球を愛してやまない方が提訴して何が悪いんでしょう??
きちっとその経緯を初めから読んでみてください。
http://ameblo.jp/coco5050ken/entry-11451243577.html

http://ameblo.jp/coco5050ken/entry-11359149063.html

2万人犠牲者がいる、だから田村さんにも黙ってじっとしてろと?それは遺族に対してあまりにも情け容赦ない言葉ではないでしょうか。遺族の、あるいは亡くなった本人の苦しみを自分の事として思う思いやりがあれば、そんなことはとてもじゃないが、言えません。感傷に浸って何が悪いのでしょうか。家族を失った方に対して、もっと強く生きろ、とでも言うつもりですか。

田村さんは今、「企業防災を考える会」を立ち上げ、会場の借りおさえまでされていることを付け加えておきます。