2010年6月28日月曜日

伝統のユニフォームについて

OBにとって、ユニフォームに込めた思いというのは相当なものです。
青春そのものがユニフォームにしみ込んでいると言っても過言ではありません。

古川高校は伝統校ですので、多少の枝葉の変化はあったにしても、
紫紺の縞ソックスとローマ字で「FURUKAWA」のロゴは現在守られており、
今後も出来れば崩して欲しくないものです。
(若干現在の紫はうすいですが、元はと言えば、紫紺の前は黒でなかったかと思います)

仙台一高や仙台二高も伝統の形式を守っています。
たまに斬新にモデルチェンジする高校もありますが、
考え方は古いかもしれませんが、古高はこの伝統のユニフォームをいつまでも
継承して欲しいと思っています。

2010年6月26日土曜日

激闘の記録 古川vs磐城 昭和46年

*昭和46年(これは私の生まれた年ですが)、古川ー磐城の熱戦が掲載されているHPがあります。 


http://www4.ocn.ne.jp/~haru28/biwaki1971toppa.html


どなたが作っているのか不明ですが、かなり玄人好みの読み応えのあるページです。
みなさん、是非のぞいてみてください。 


昭和46年8月2日 
■第53回全国高等学校野球選手権東北大会 
<最終日>【宮城球場】 ▽代表決定戦 決勝 
磐城 2 0 0 0 1 0 4 0 0 |7
古川 0 0 0 0 0 0 0 0 1 |1 
(磐)田村-野村  (古)沼倉、板垣-中鉢正  ▽二塁打=田村(磐) ▽盗塁=磐城3 古川2 ▽失策=磐城0 古川3 

磐城は敵失を足場にソツない攻めで圧勝した。古川の先発沼倉はスピード十分な直球を主体に力投したが、内野陣の拙守からつぶれた。磐城は初回敵失と四死球でチャンスを迎え、二死後田村が中前適時打して一点、さらに阿部も三ゴロ失をさそい二点を先攻、五回には舟木の内野安打の後、再び田村が左前打する勝負強さを発揮して加点、七回には二本の内野安打と松崎、田村の連打で沼倉を攻略、ここで救援した板垣からも安打と敵失で決定的な四点をあげた。磐城打線はいづれも二死から得点するしぶとさは見事だった。守っては田村がカーブ、シュートのコンビネーションで両サイドをゆさぶり、六回まで古川打線を完全に押さえる好投をみせれば、内野陣も早い動きでこの田村を盛り立てた。古川は最終回、疲れの出た田村から中鉢が三遊間を破り一矢をむくいたが、後続が倒れた。守備力の差がそのままスコアに表れた一戦だった。投攻守、すべて磐城が上回っていたが、それがゲームの流れにはっきりあらわれたことは、他のチームに倍する厳しい試練に耐え、鍛え抜かれた強さが磐城あったからだろう。 
【地元紙より】 

【磐城】 打 安 点 振 球 
⑥先崎 5 0 0 0 0 
④舟木 4 2 0 0 1 
⑨松崎 4 1 0 1 1 
①田村 5 4 3 0 0 
⑤阿部 5 0 0 0 0 
⑧宗像 4 1 2 1 1 
⑦若尾 4 1 0 2 1 
②野村 3 0 0 0 1 
③岡田 3 1 0 0 0 
チーム 37 10 5 4 5 

【古川】 打 安 点 振 球 
⑥秋保 4 0 0 0 0 
②中鉢正 4 1 1 0 0 
⑦菊地 4 1 0 1 0 
③金野 3 0 0 0 0 
①9沼倉 3 0 0 1 0 
⑤佐々木治 3 0 0 1 0 
④佐々木徳 3 0 0 0 0 
⑨本田 2 0 0 0 0 
1板垣 1 0 0 0 0 
⑧中鉢豊 2 0 0 1 0 
H斎藤 0 0 0 0 1 
チーム 29 2 1 4 1   
  
写真 【磐城対古川戦】1回表、磐城重盗に成功2点目。 



福島県大会前における磐城の評価は、あとからみれば意外と低かった。そうした予想を覆し福島代表を勝ち取り、決勝戦では宮城県の進学校古川と対戦した。福島県屈指の進学校でもある磐城にとっては絶対に負けられない相手でもあった。下馬評では磐城優位と報じられ、宮城県関係者にとっては期待した大型チームの東北が敗れ、あきらめムードが漂ようのも無理はなかったのかも知れない。強豪東北に圧勝した磐城はチームの戦力、知力において完全に古川を上回っていた。こうして甲子園へ向けての前哨戦とみられた東北大会で磐城は東北、古川に完勝した。二年連続して東北大会の王座に輝いた磐城は、普通の高校生に秘められた潜在能力が夏のひのき舞台で爆発、鍛え抜かれた体力と技が見事に開花し甲子園への花道へと進むのである。



2010年6月22日火曜日

2010 夏初戦 塩釜高校


今年の古高は2回戦から出場、塩釜高校戦となりました。
7/15 14:00 名取スポーツパーク愛島球場

詳しくは
http://www.kahoku.co.jp/news/2010/06/20100622t14032.htm

これに勝てば次は仙台工業vs仙台東の勝者、簡単な相手ではないが、
これに勝つとベスト8が見えそう。
反対のブロックは東陵と古川学園の対決になるか?

準決勝まで行くと、第二シード大崎中央か、東北のどちらかとなりそう。

いずれにしても、全く歯が立たないチームではない。
頑張れ。古川高校。

2010年6月21日月曜日
















昨今の大崎地方の古川学園、大崎中央、などの県大会での躍進は、
むしろ古高は喜ぶべきです。古高もできます!
身近な高校のレベルアップは心強いではありませんか。
そして、怯むことはありません。
古高の栄光の歴史のページを見て奮い立って下さい。

いいですか?古高は何事も「初優勝」「初の決勝進出」ではないんです。


写真は平成元年秋 仙台育英をねじ伏せた相沢滋投手。
この試合、3-2で古高は仙台育英に勝利。
特に9回、一点リードで相沢投手、仙台育英打線を三者三振。

相沢投手は七十七銀行に進み、都市対抗野球の常連チームに押し上げたエースでした。

OBはみんな全国各地で応援しています!
安心して古高野球部頑張れ!

2010年6月19日土曜日

一人のOBとして


古川高校で野球をやるか、それとも仙台や他の私立強豪に行って野球をやるか、迷う少年がもしこのコミュを見ていたら、是非とも古川高校は栄光を担う「伝統校」であるということを思い出して下さい。

そして、そろそろその伝統の強みが生きてくる時代になってきているのです。優れた投手が一人、優れた打者が一人、入部するだけで、そのチームを甲子園へ連れて行く事が出来ます。古高の強い時代にも、常に好選手が存在しました。

私は、古高が甲子園へ行けていないのは幾多のOBにも責任があると思っており、OBが外野から出来る事は、古高の伝統を受け継いでそれを次世代へ伝えて行く事であると思っております。そのような後輩を情熱的に応援するようなOBが次々に現出して欲しいと思います。

OBの思いと、選手の思い、これが釣り合うくらいになった時に始めて歴史が変わる様な事が起こると思っております。

古高の強みは「伝統校の誇り」を伝えられる事です。野球部の伝統だけに限りません。これは新設の野球学校には出来ない事です。それをどんなに小さいものでも、次の世代に様々に配信していくことが、OBの使命であると思っております。

私たちの先輩には偉大な方々がいました。古高が甲子園へ行くには、

・まず古高野球部の伝統ある歴史を総点検することから始める。
・それと同時に、他校の力を真摯に分析する。

この二つが鍵を握っていると思います。

このブログでも、時間の許す限り、惜しみなく古高の伝統を配信して行きたいと思っております。

2010年6月18日金曜日

間もなく抽選会

さて、今年も夏の大会が迫ってきました。
毎年のことながら、我が母校の後輩の活躍が気になります。
もちろん、最終目標は常に甲子園を目指すべきというのが私の持論です。
が、甲子園だけが勿論重要なわけではない。

古高らしさ、その伝統、でもって戦ってほしいという思いがあります。

選手には、思う存分試合を楽しんでほしいと思います。

特に、ほとんど正月の3日しか休みが無かったであろう3年生には。


OBはみんないつも君たちを全国で応援していますよ!

頑張れ、古高球児!!

2010年6月13日日曜日

mixi

mixiやってます。
"shigeT" で検索して下さい。
同名のコミュ運営してます。誰でも入れますので、ご自由にどうぞ。

マイミク随時募集中です。

2010年6月2日水曜日

管理人より

とにかく、宮城県立古川高等学校は、県下甲子園予選で過去3回優勝しているにもかかわらず、その当時は現在のような一県一校制では無かった為に、いまだ甲子園の土を踏んでいないのです。そのOBとして、是非ともいつか母校の後輩たちがあこがれの甲子園に行けるように、陰ながら精一杯の声援をしていくつもりです。