昭和56年は、準々決勝まで進出しました。東北高校相手に、相手打線がスクイズでしか攻められないまでに善戦、また、相手の3投手を引き出しましたが、惜しくも敗退しました。
氏家投手のがんばりと、伊藤主将の妥協してこなかったの言葉が、
S58年卒業、野球部OBです。
今は、北海道で、野球をやっています。
白河の関を越えて、津軽海峡を渡るすべてを体感しています。
野球発祥の地のひとつとされるこの地を実感しています。
「妥協しない」と目標と楽しむことが、
冬にも、野球するのが、回答だと思います。
ここ、北海道では、冬に野球するために工夫しています。
長い目でみたら、冬の筋トレもいいですが、どうやって、
そこが東北と北海道の違いだとおもいます。
金原 雅樹(昭和57年度(昭和58年3月)卒 野球部OB)
春季東北大会のメダル
春季県大会準優勝のトロフィー
*管理人より
金原先輩、投稿ありがとうございました。昭和56年夏のベスト8の結果が抜けている旨のご指摘をいただき、訂正させていただきました。その後こちらより無理を言って、当時のメダルとトロフィーを見せていただきました。これは大変貴重なものです。現役生も、このようなものを目標に是非頑張って古高旋風を巻き起こし甲子園出場を果たして欲しいと思います。
全国のOBの皆様、匿名でも構いませんので、ふるって当時の思い出や、後輩への期待を「OBの声」としてお寄せください。また、当時使用したユニフォームや新聞記事など、さまざまな資料の提供を呼びかけます。
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